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NPO法人 生活の発見会

同じ悩みの参加者たち


名古屋集談会の幹事、世話役を紹介します。

『A』さん   うつ 対人緊張    発見会歴32年   New

神経質な面(対人緊張を感じやすい、確認が多い、ときにパニック感がある、ときに体が気になる、落ち込みやすいなど)は、子どものときからあり、ときに危機的な状態になり、勉強に取り組めないこともありました。しかし、森田療法や森田に近い考えに出会い、悩みながらも勉強を続け、教員になることができました。教員6年目のときに職場の人間関係に強く悩みました。でも、発見会に入会して学び、教員を続けることができました。教員20年目のとき、激職の役割になり、集談会に参加できなくなり、うつとパニックになりました。発見会の森田だけでなく薬物療法や認知療法の助けも受け、乗り越えました。その後、集談会は休みがちでしたが、職場はほぼ休まずに定年まで仕事ができました。定年退職という環境変化によるうつや不安も、集談会に復帰することにより、乗り越えることができました。集談会での出会いを楽しみにしています。

『これでいいのだ』さん 不安神経症(乗物恐怖、広場恐怖) 会員歴13年


電車に乗れない、高速道路が辛い、怖いなどの症状で悩みました。病院で発見誌をみたのがきっかけで、集談会に毎月参加してきました。森田療法を学び、仲間の皆さんに励まされてずいぶん軽快しました。今まで仕事も趣味も続けられているのは、自分の誤った考え方が修正された証と森田理論に感謝しています。
「こんな悩みを話すと他人はおかしいと思うのでは」とかの心配は要りません。(参加者はそんな人達ばかりですから・・・)。是非、集談会に参加してください。


『夢見るおじさん』さん  対人恐怖・手指振戦  会員歴13年


人前でも1人の時でも手が震えます。肉体的に精神的に疲れたときは特にひどく仕事にも日常生活にも影響しています。他人から人前で手の震えを指摘されることもあります。そういうことに疲れきった気がしています。 集談会に通い、森田療法を学んで辛抱する事の大切さを知り、また他人から打たれ強くなったと感じます。震える自分をもう1人の自分が「生きろ生きろ」と励ましている、心の持ち方を知りました。

『頑張れない、おばさん羊』さん  不完全恐怖症  会員歴27年


入会のきっかけは、確認癖と行動の繰り返しでした。
現在は、強い完全欲と「自分が気が付かないところで人様に不快な思いをさせてしまっている。」という様な精神的な加害恐怖と疲労感、秋から春に掛けてのうつ状態に困りながらも日常生活を送っております。
悩みは、それぞれでも「改善したい」という思いは同じと存じます。
目的意識を持って出席されたほうが望ましいとは存じますが、出席されるかたがたの、お話を聴かれるだけでも得られる(気付かせていただける)ことがあると存じます。
悩みのつらさや事情があって出席が難しいかたもいらしゃると存じますが、可能でしたら出席されることをお勧め致します。


『S』さん  対人恐怖(衆前恐怖)


 子供の頃は毎日元気に遊びまわり、夕方暗くなっ てやっと家に帰る様な活発な少年でした。転機は中学進学です。先生や親の薦めるままに、あまり深く考えもせず、地元の有名校を受験して合格してしまったの です。そこで初めて出会った同級生は、今まで付き合っていた遊び仲間とは全然違っていました。上品で、話す事もしっかりして、いいとこのお坊ちゃんという 感じです。何か自分が場違いの所に来てしまった様な気がして、すごいプレッシャーを感じました。クラスに分かれ最初にあったのが自己紹介です。みな馴れた様子で、ユーモアを交えてうまくまとめていました。自分の順番が回ってくるまで色々と頭の中で話 す事を考えていましたが、いざ前に出ると頭の中が真っ白になってしまいました。名前と出身校、それに卓球をやっている事を話しただけで、言葉に詰まり頭を 下げて席に戻ってしまいました。あまりの不甲斐なさに茫然としてしまい、他の人の話も耳に入らない状態でした。それからはその事が頭から離れず、授業中で も何時指されないかとビクビクする毎日でした。今まで持っていた優越感が次々に打ち砕かれて、対人恐怖の泥沼に落ちてしまいました。それからの人生はこの症状をずっと引きずっていくことになってしまいました。
 この地獄からなんとか抜け出さなければいかんと様々な事を試みました。本も心理学とか、精神鍛練法、話し方など色々読みましたが、何故か森田の本にはなかなか出会いませんでした。本屋で森田の本を見たのは50歳間近の頃です。そこに書かれていたのは今までとは全く違った考えでした。そんなにあくせくしなくても、そのままでいいんだ よと言われている様で、肩にのしかかっていた重荷を下した様な、ほっとした安堵感を感じたのを憶えています。
 本で集談会の存在を知りましたが、実際に行っ たのはそれから1年位経ってからだと思います。集談会で初めて自分の悩みを話しました。それまで親兄弟はもちろん誰にも話をした事は有りません。人に知ら れる事を極端に恐れていました。集談会に来るのは、症状を治すためというよりは、出席するのが目的の様になりました。それまでどこへ行っても疎外感を感じていたのが、初めて自分の居場所 を見つけた様な気がします。会に出席する様になってからあまり森田の本も読まなくなりましたが、集談会を休む事は殆どありませでした。16年になりますが 欠席したのは2、3回かと思います。最初の内はあまり対人恐怖の症状は変わりませんでした。10年位経ってようやく効果を感じ始めました。最近になって やっと脱したのかなと思える様になりました。集談会には毎回様々な悩みを抱えた人がやってきます。その話に気付かされ共感し、それに対して自分の経験や考えを語ってきました。その積み重ねがやっと実 を結びかけたのでしょう。以前はいつもいらいらして、絶えず心の中に波風が立っている様でした。今はなにか心安らかに暮らせるようになりました。こんな日 が来るとは思いもよりませんでした。

『 T』さん  対人恐怖、抑うつ 


学生のころから、気の小さい事や、人に対して緊張しやすく、なかなか周囲になじめない自分に対して劣等感を持ち、何とかこれらを治そうと、「精神を強くする方法」などの書籍や 「自律訓練法」、また就職してからは、「催眠療法」や「話し方教室」などを行っていました。発見会を知って森田理論を学ぶようになってから、悩んできた症状は、人間の自然な反応であり、治すべき病気ではない事を知りました。今の自分を無理に変え ようとしなくてよいことで、安心し希望がもてました。また集談会で、いろいろな人の話を聞くことは、本では得られないことだと思いました。

『たんぽぽ』さん  アルコール依存症 不安神経症 会員歴10年


アルコール依存症で他人との接触を避けるようになりましたが、生活の発見会に入会し、集談会の仲間に励まされてきました。集談会を「こころの拠り所」として自分自身を立ち直らせていき、今はこんな自分を否定せず受け入れていく気持ちに変わってきました。「一日一日を大切に」を胸にして、集談会には休まず出席しています。不思議なことに、いつの間にかアルコール依存症のことも気にならなくなっている自分になっていました。アルコールと手を切っていました。何でも話せるのが集談会です。そこで出会う悩みの渦中にいる人や人様の役に立ちたいと思っています。余談ですが、ニックネームの「たんぽぽ」は、たんぽぽの種は風に飛ばされた場所で精一杯花を咲かせることから名づけました。

『K 』さん  対人恐怖症(視線恐怖)


森田療法を知ることで、自分の人生は大きく変わりました。同じような悩みをもつ人の集まりに参加できるのは大きな幸せです。

『健康マニア』さん 普通神経症・心身症


私の症状は、両親が亡くなった後からの慢性的な肩こりと仕事でおきた腰痛に悩み、接骨院通いを続けたこと、そして、その後も、良くなった、すっきりした、と認めずに自分の体調ばかりにこだわっていった事です。
現在は、腰痛に対してはあまり悩まなくなりました。体調不良のときでも、接骨院通いをするまで至らずに、症状に左右されながら、時を過ごしています。発見会に入会してからも、自宅で発見誌を読むだけの期間が長い間ありました。集談会に参加し始めてから、少しずつ視野が開け、行動をする機会も増えてきたように思います。世話役の人達に触発されたり、参加者の人達に刺激を受けたのが良かったみたいです。