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NPO法人 生活の発見会

前回の集談会

New 第549回 平成30年1月28(日)参加者12名(男性8名、女4名)


理論学習

 支部委員のIさんに、ご自身の体験談から「思想の矛盾の解消」について講義していただきました。

 Iさんの症状は、対人恐怖、あがり症。ある時、人前に立つのが恐怖に感じそれがトラウマになった。その後結婚し子供が生まれたとき、幼稚園、ママ友など、上手くやっていけるのだろうかと不安になった。今から18年前 子供が1歳の時、対人恐怖と抑うつで上手く人と話せなくなってしまった。子供の学校のPTAの大役を引き受けてからうつ病を発症してしまった。音楽の音がうっとうしく感じるようになってしまい、うつ病もあって1年間寝たり起きたりの生活で、一番苦しんだ時期は、Iさんの子供が小学生から中学生の頃。自分の事ばかりに精いっぱいで、また他の家と比べては、自分で自分を責め、苦しめていたという。しかし薬の服薬と森田療法で次第にうつ症状は改善していった。
 最初、集談会には、自分の症状が強くて、人と馴染めなく時々、参加する程度でそういう状態が5・6年続いた。しかしここ3・4年の間にやっとよくなってきた。それは育児が少なくなってきて、自分の時間が持てるようになってきたこと。集談会で、森田による大きな気づきがあり大きく改善した。

 Iさんのは、この回復は森田療法のおかげであると言われ 思想の矛盾はご自身で次のように考えられています。それは、
1.現実の自分を見つめていなかったこと。理想を下げることをしなかったこと。自分の事実を認めないで理想の自分を見つめて、足りないところのある自分を自分で見下げていた。
2、すべての面において「かくあるべし」というのがいつもあって自分の事実が合わなくなった。
3.頭で考えると事実は、逆になる。

 思想の矛盾の解消には、8年前「生き生きワークショップ」で、「初一念ノート」と出会ったことである。
「初一念ノート」とは、感情は問題にしないで、感じるままを書き出してみる。これが思想の矛盾の解消に役に立った。理屈を挟まない、湧き出た感情。見失った自分・本当の自分を見つけ出すことが出来た。不快な感情を感じモヤモヤしたとき、ドロドロした感情・決して口に出せないような感情も書くことで嫌なこともなくなり心がスッキリする。
 Iさんは、人は誰でも罪悪な感情を内在しているものである。ねじ伏せなければならない感情は何もないと考えられ 自分の理想で自分を苦しめただけであるという事を発見されました。今は、ご自身の堅い鎧を一枚一枚剥がす事ができ、他人の嫌な部分も自分の嫌な部分も許せるようになり 等身大の自分を見つける事が出来たとのことです。
「初一念ノート」を書いても不安になったり感情がスッキリしないときが、もしもあったとしても、そういうときは、「不安は、浮かばせておく」「不安は、ふんわりと柔らかく抱えておく」 そうしておけば次第に不安は小さくなっていく。ご自身の体験の中から そういうことを教えていただきました。

体験発表

今月はありませんでした。
 

分科会と感想

 分科会では、久しぶりにお会いした人もあり、今までの出来事やお互いの日常生活での悩みや出来事など、話し合い有意義な価値ある楽しいひと時を過ごす事が出来ました。また、理論学習ではIさんの長い年月の血を吐くような苦しみのどん底から見事に這い上がられた体験談に感動し そこからIさんが悟られた知識や事柄が我々の血となり肉となっていくような素晴らしい力強さを得たような気分になりました。しみじみ どんな人でも誰も想像のできない各々の人生ドラマがあるのだと思いました。あらためて素晴らしい感動を与えていただいたIさんに感謝申し上げます。



   
*連絡事項
  次回は2月25日(日曜) 13時30分から開催です。
  皆さまのご参加をお待ちしております




第548回 平成29年12月24(日)参加者11名(男性7名、女4名)


自由課題学習

 世話人のNさんが“1年間を振り返って”という題目で参加者がそれぞれ振り返りの時間をとりました。

・他の集談会での体験発表、けがの治療リハビリ、仕事ではマルシェに参加するなど、今までの自分ではなかったことに挑戦した。
・人事異動があったが、等身大の自分にいるように努めた。
・仮に症状がないとした時のやりたいこと(欲望)をした年だった。
・周囲の目を気にせず、対人恐怖の症状が出たが続けられる体験をした。
・対人恐怖の中、社会人大学に参加し新しいと人達の出会いがあった。
・「現状維持は進歩ない」という人がいるが、現状維持で良かった。
・資格取得、発見会入会と挑戦した年だった。
・発見誌に体験記が掲載された。
・「行き詰ったままでいる」意味が理解できた。症状の中にいる人は“あるがまま”より理解しやすいかもしれない。
・大学院修了、資格試験にも合格した。当初やれないと思ったことが、努力して成就した経験が自信になった。
・置かれている環境の中で生活する大切さを感じている。
・今の体調でやれることをやろうと努めた。

 各々が目標を持って1年間生活をしてきた様子がうかがえました。少しずつ努力した結果、欲望がかなったり、自信がついたと、明るい表情で話をされました
        

体験発表

今月はありませんでした。
  
 




第547回 平成29年11月26(日)参加者10名(男性5名、女4名)、見学者1名


自由課題学習

 支部長Aさんによる「なおるとはどういうことか」、「第二、第三の人生について」の講話をいただきました。

・なおるとは症状が「必ずしも」なくなることではない。
 ご自身は、本を読もうとすると不安、恐怖、が表れる「読書恐怖」でしたが、今現在も全くないわけではない。
 1/100くらいの感覚。
・また、不安そのものを不安がる「神経症的不安」と、例えば、海外出張の準備不足があって落ち着かない、などの「現実的の不安」を区別することが重要。
・森田関係の図書で、愛読書(くりかえし読む本)をつくると、読み返したときに、その時点でまた新たな発見がありより理解が深まる。
・そして、本を読むだけでなく「なおったら何をしたいか」を考え、メモに書いてみる。 またこれは、第二、第三の人生をどう生きるかにもつながる。
 
 ご自身の衣食住について、アイテム(衣)を減らす、料理にはまっている、、、などの紹介もされました。
最後に、ニューヨーク・リハビリテーション研究所の壁に書かれた「病者の祈り」という詩を紹介されました。  
西洋の詩ですが、森田の「あるがまま」や「自然に従順なれ、、」に通じるものを感じました。         

体験発表

支部委員Bさんによる、対人恐怖に悩まれた体験発表です。

 <概要>
 引っ込み思案な性格ではあったものの、推薦でクラス委員をやるなど面もあった。
 中学生のとき、みんなの前での本読みで違和感を感じたことがきっかけとなり、いつもその感覚がつきまとう「とらわれ」に陥り、性格の弱さを責め、内観療法、話し方教室、大学では少林寺拳法や海外ヒッチハイクなど、心を鍛えることを目的に行動していた。
 放送局に就職したが、対人的な折衝、打ち合わせ、説明等の仕事が多く、毎日が葛藤の連続であり、弱みを見せたくない負けず嫌いなこともあり、誰にも相談出来ず、仕事の疲れ以上のものを抱えていた。
 最初に森田に出会ったときは、悩みのメカニズムが分かったと感心したが、苦手場面の対処法を探すばかりで、本当の意味での森田は身につかず、数ヶ月でやめてしまった。その後は、認知行動療法の講座を受け、解決をめざしたが、「心の操作」が基本のように感じられた。理屈では解決が成り立つが、かえって「とらわれ」て、感覚は不安に 向かってしまうようだった。
 なんとかしたいと、再び集談会へ行くようになった。
 森田は、不安はそのまま、心を操作せず、「よりよく生きたい思い」に乗って行く、自然な方法だと分かってきた。結果(不安をなくしたい)のみを求めるのでなく、「生き方」そのものの変化が必要かなと気がつくようになった。苦手は苦手だが、それでもやれることはあるよね、、と思え、自分の前に立ちはだかった壁が、小さくなり(無くなりはしない)違う景色が見えてきた。
 自分の持っているものは、これだけの物、ダメならダメで仕方がない、周囲に壁をつくり防御してきたその力が抜けるようになってきた。
 森田は治す「療法」ではあるが、症状はなくすものでなく、生き方の方向修正がメインだと思う。神経質症には他には有効な方法はないのでは、と思う。
  
 <感想>
 Bさんは、神経質な反面、色々な事に取り組んだり、また海外へ行ったりと、なんとエネルギッシュな面があるのかと思いました。神経質な人は、単に気にしやすいだけでなく、やはり「よりよく生きたい」活動欲が旺盛なのだとあらためて思いました。


第546回 平成29年10月22(日)参加者8名(男性4名、女4名)


体験発表

今回は理論学習の予定は入っておらず、幹事のSさんに体験発表の総括として、「生い立ち」「神経症発症」「森田・集談会」とテーマ別で話をしてもらいました。

 Sさんは中国の大陸で産まれました。産まれた場所は、満州の新京で、終戦の年でもありました。日本への引き揚げの際にも、北朝鮮で一年ぐらい足止めされ、釜山から佐世保を経由して帰ってきました。当時Sさんは乳飲み子であり、お母さんから聞かされた話です。昭和21年の終わりぐらいに、母の弟を頼って、東京の池袋へ移住してきました。狭い部屋での一家五人の生活でしたが、近所の人で集まって餅つきをしたりもしました。そして小学校に入学してからしばらくしてから、都営住宅に引っ越しをしました。武蔵野の雑木林があり、カブト虫などを取りました。背が高く相撲も強くて、小学校では順調にクラスメートにも馴染んでいました。それと日に日に開発が進んでいく風景もありました。

 神経症のきっかけになったのは、先生や親の勧めるままに、あまり深く考えもせずに、地元の有名校を受験して合格をしてしまったのです。そこで初めて出会った同級生は、今まで付き合ってきた遊び仲間とは全然違っていました。制服もネクタイで、何か自分が場違いの場所に来てしまった気がしました。クラスに分かれ最初にあった自己紹介で言葉に詰まり、茫然自失としてしまったのです。それからは話し上手な同級生と比べてしまい、人前で話す事が苦痛になっていったのです。さらに小学生の時から卓球を続けていました。それで練馬区の大会に選手として選ばれ、出場する事になるのですが、緊張のしすぎで手が震えてサーブが入らずに、敗退してしまったのです。より自分に自信を失くし、立ち直れないような感じでした。

 対人恐怖の症状を持ちながらも、大学に進学して、社会人となりました。何故か森田の本にはなかなか出合いませんでした。本屋で森田の本に出会ったのは50歳が近づいた頃でした。集談会に参加して、基準型学習会も受講して、受身の行動から前向きの行動ができるようになっていきました。代表幹事も経験して、話す事に対しては慣れてはきました。集談会に参加するようになってから、会を休む事はほとんどありません。集談会では、自己紹介、体験発表、分科会と自分の事を話す機会があります。参加者の人の話す内容も気になるようになり、人の話を聞いてメモをとったりして、参考にするようになりました。その集談会の資料も7巻までになり、自分の考えや感想もまとめてあります。その積み重ねが実を結びかけたのでしょうか、以前は絶えず心の中に波風が立っていましたが、今は何か心安らかに暮らせるようになりました。



第545回 平成29年9月24(日)参加者10名(男性7名、女性3名)


自由課題学習

幹事のAさんが神経症の成り立ちをテーマに講義形式で学習しました。

1.神経症とは何か
 神経質な性格を持った人が、生活環境の変化など何かのきっかけで、誰でも起こり得る自然な心理的、生理的現象を異常思い込み、それを取り除こうとする。それにより増々注意がそれに向き、やらなければならないことに手が付けられなくなり、生活に支障をきたすまでになった状態である。

2.神経症の種類
 〔1〕森田の分類
   ① 普通神経症
     検査しても異状が見つからないにも関わらず身体的症状に悩まされる。
   ② 不安神経症
     不安発作とそれに対する予期不安が主な症状
   ③ 強迫神経症
     ある感覚・感情を排除しようとして起こってくる葛藤状態。対人恐怖もこれに含まれる。
 〔2〕アメリカ精神学会の分類
   ① 社会不安障害
     対人恐怖、赤面恐怖、書痙、会食恐怖、強迫神経症
   ② パニック障害、全般性不安障害
     心臓神経症、乗り物恐怖症、不安神経症
   ③ 強迫性障害
     不潔恐怖症、確認恐怖症、縁起恐怖症
   ④ その他

3.症状の要因
   ① 背景にある適応不安
     思う様にならない事が生活のどこかにある。
   ② 素質
    ・神経質な性格 (内向性、心配性、執着心、完全欲)
    ・不安を感じやすい性格 「ヒポコンドリー性基調」
    (ヒポコンドリー性基調とは)
    ・疾病を恐怖する意味で、人間だれもが持っている生存欲の現れである。
    ・その程度が強すぎると神経症発症の原因となる。
   ③ 周囲の環境
    ・家庭環境  家族、経済的
    ・学校環境  友達、先生、学力
    ・社会環境  職場の人間関係、役割の変化
   ④ きっかけ
     転校、転職、結婚、離別・死別など周りの環境の変化がきっかけとなって発症する。

4.症状を形成するメカニズム
   ① 思想の矛盾
    ・思想 (理想や観念) の事
    ・こうありたいという自分の考え (思想) と、そうなれない事実の食い違い。
    ・本来恐れるべきものを無理に平気になりたいという様に、不可能な事を可能にしようと努力して、その結
     果葛藤を起こし心のバランスを崩してしまう。
   ② 精神交互作用
    ・ある感覚に注意を集中すればその感覚は鋭敏となり、鋭くなった感覚が増々注意を固着させる。
    ・この感覚と注意が交互に作用しあって、最初の感覚を増大させていく。
    ・不安や緊張を感じるのは普通の感覚であるが、その感覚を感じない様にしようとすると、増々不安や緊張     が大きくなる。
   ③ 症状の発生と固着
    ・本来自然に起こった不安を異物視して取り除こうと努力する。その結果不安を増大させてしまう。
    ・不安にばかり注意を集中させて、他の事に目が向かず症状を固着させてしまう。
   ④ 実生活上の悪循環
    ・症状が固着すると、症状が出そうな場所や状況を避ける様になり、恐怖心からやらなければならない事か
     ら逃げて、社会生活が後退してしまう。

5.森田療法の目ざすところ
   ① 不安に対する考え方
    ・不安は人間に備わった自然な感情であり無くす必要はない
    ・自然な不安を増大させて症状にしてしまったものを、本来の自然な不安に戻す。
   ② 悪循環の解消
    ・不安に向いた目をやりたいことに向けて、それが達成されるように努力してゆけば、症状に対する注意が
     次第に薄れてゆく。
   ③ 治癒とは
    ・欲望と不安は裏表である。何かしたいという欲望が有るから、それが出来なかったらどうしようという不
     安が起こる。それを無理に抑えようとして思想の矛盾や精神交互作用によって症状を作り出してしまう。
     そこで欲望の方に目を向けて建設的な努力を積み重ね目的が達成されれば症状は問題で無くなると思う。
    ・不安に向いた目をやりたいことに向けて、それが達成されるように努力してゆけば、症状に対する注意が
     次第に薄れてゆく。
  

     

     

体験発表

幹事のAさんの体験発表がありました。

 〔生い立ち → 神経症発症〕
 Aさんは兄、姉、3人兄弟の末っ子として生まれる。母親が仕事をしていたため祖母に面倒を見てもらっていた。多少わかがままな所があったかもしれない。神経症に陥ったきっかけは、中学の国語の先生によるいじめである。時にはクラスの皆の前で罵倒される事もあった。その恐怖体験がトラウマとなり対人恐怖に陥ってしまった。しかしそんな苦しい中でも逃げることなく、嫌われまいと一生懸命努力し、何より学校を休まなかった事は、神経質性格の粘り強さが発揮されたのだと思う。高校では重圧から解放され、勉強にも興味が出てきた。大学も楽しい学生生活であったという事です。
 もう一つの症状である手の震えは20歳頃に現れた。友達に指摘されたが最初はあまり気にならなかった。しかしその後この震えにはずっと悩まされる事となった。
 
〔就職 → 独立〕
 卒業後営業の仕事に付く。対人的な悩みはあったものの努力と粘り強さで営業成績もトップクラスの実績を挙げた。しかしここでも人間関係の悩みを抱えてしまった。代わった上司とうまくいかない。Aさんの言葉を借りれば、自分の事しか考えない人だという。対人の悩みに加え手の震えもひどくなり、とうとう退職してしまった。そしてもう会社に勤める事はやめて自ら起業した。とは言っても、会社経営の知識もなくゼロからの出発である。専門分野の知識だけでなく、会計や人事など経営の知識もいる。営業もしなければならない。大変な苦労である。そしてそこには常に人間関係の煩わしさが付きまとった。時には心無い言葉を投げかけられたり、だまされる事もあった。反面多くの人に助けられたのも事実である。良い事も悪い事も経験し今日に至っている。

〔森田との出会い〕
 50歳の頃、森田と出会う。そして忙しい中、仕事に取り組んだのと同じ熱意で森田の勉強に立ち向かった。数十冊の本を読破しそれをノートにまとめた。生きていく中で様々な問題を抱え、それを考える上で森田の言葉にヒントを見つけた。それまでは自分が悪いという自責の念に駆られることが多かったが、森田を学ぶ事により、そうではないと思う様になった。森田を単なる言葉として理解するのではなく実生活に当てはめる事により、生きた知識として身に付けていったのだと思う。森田を学ぶ事は、それまで背負っていた重い荷物を下して身軽になる事でもあると思う。

〔もう一つの症状 (震え)〕
 手の震えは20歳の頃に現れた。最初の診断では甲状腺の異状という診断だったが、その後の診断では本態性震戦という、原因不明の震えという事が分かった。治る見込みは無く、一生付き合っていかねばならない。震えは時が経つにつれひどくなってきた。字を書くだけでなく、食事をするにも不便を感じる。特に人前では大変である。そんな症状を抱えながら、第一線で活躍する姿に改めて敬意を表したい。

《感想》
 Aさんは時に集談会で熱く語る事がある。Aさんは、これまで様々な困難に立ち向かいながら全力で戦ってきた。その経験の中から生み出されてきた教訓とも言うべきものを、皆に伝えようという熱意が感じられる。その一言一言が実体験に裏付けされた重みを感じる。深い悩みに沈んでいる人も、Aさんの話を聞けば前へ進む勇気を貰えるのではないか。Aさんにとって、森田はたんに症状を治すだけでなく、生き方の指針となっている様に見える。
 Aさんの神経症発症の原因となったのは、中学の先生の心無い言動である。中学という時期は、体も心も発達の途上にあり、精神的にも不安定な時期である。その時の経験は、時としてその後の人生に大きな影響を与えることがある。10代の頃に受けた心の傷が数十年経っても体に刺さったトゲの様に何時までも痛む事もある。教育に携わる人には、是非ともその事を心に留めていただければと思う。

第544回 平成29年8月28日(日)参加者12名(男性8名、女性4名)


自由課題学習

 代表幹事Tさんの体験による「治ったとはどういうことか」について講義をしていただきました。

➀森田神経症は誰にでもある。➞それをあってはいけない・なくそうとしてしまう(根本療法をしてしまう。)
➁意欲が強くなる
➂増幅作用     (➁➂は対症療法をしてしまう)
 ・森田神経症は誰にでもある。=自然現象の延長である、
 ・コントロール不可能なことを可能にしようとする。・完全欲(エネルギー)➞そういうエネルギーを症状除去以外に
  使うようにすると良い。
 ・自分の中の違和感(不安etc.)は、誰にでもある。➞それをあってはいけない・なくそうとする・そういう意識が強
  くなる。➞間違いである。➞そういう間違いを治そうとするのが森田療法である。
➃今の気持ちを感じる。(今の気持ちを大切にする)
 ・例えば不安な症状が出たら不安をなくそうとするのでなく、不安を感じるまま行動をして行く。
 ・多勢の前で平気で話をしている人でも本当はドキドキして話をしているかもしれない。そういう人をどう見るか、
  どう思うかで考え方が異なってくる。
 ・症状という水の中に落ちてしまったなら落ちたまま歩いていけばよい。
 ・朝起きて仕事で怒られたことを考えて出社したくないと考えてしまった時、また怒られたならば、怒られたまま仕
  事をすればよいと考える。 

 森田療法を勉強していても忘れる時がある。職場が変ればまた同じようになってしまうときもある。しかし森田療法を勉強して理論が解っていても生活に役立たせていかなければ何もならない。


 
     

体験発表

 幹事TSさんは二十歳を過ぎた頃から 失言恐怖・不完全恐怖など強迫性障害で悩まれました。5年間ぐらい前から今日まで生活してきた中で特に心に残った出来事の体験を発表されました。最初、森田とは関係ないお話をしますと言われましたが、どうしてそのお話は、森田療法の「感情の法則」を生活の中で実践されている出来事そのもののお話でした。下記は特に印象に残ったお話です。

 ・父親が自分に○○が足りないからダメだと言うときがある。しかし男と女では物事の捉え方・感じ方が異なる。人
  は自分が気が付かないところで人を傷つけているのではないだろうか。
 ・父はダメなところを早く改善して魅力ある女性になって欲しいと願う。しかし悲しきかな父の心で描く女性にはな
  れない。人は自分に足りないことを相手に求めてしまうから人を傷つけてしまうのではないだろうか。
 ・集談会の会員の中でも男が悪くても謝らない人がいる。世話人としてやっていてもどうすることも出来ないことが
  ある。結局、自分でどうにもならないことは受け入れていくしかない。

 体験発表をお聞きしていて、私は名古屋集談会にお世話になって約16年になります。その間、TSさんは、私の知る限り名古屋集談会を一度も欠席されたことがありません。森田の教えの中にもありますが「継続は力なり」と言われますが、その継続による力からか、人間の心の力強さに担保された人としての優しさをいつも感じさせられます。集談会に出席されている方々に対する心配りも大変立派です。「相手の立場に立って物事を考えることのできる人間になれ。相手の心の痛みの解る人間になれ。」と小さい時教わった事を思い出しますが、己の我が儘を出すこともなく。そういうことを自然として実践されているようで、人間としても社会人としても我々のお手本となるような立派な方です。お話をしていると いつも安心感があり心が癒され心が穏やかになっていくようです。私だけでなく皆さんも同じことを感じられているようです。
 






第543回 平成29年7月23日(日)参加者11名(男性7名、女性4名)


理論学習

幹事Iさんによる、自由課題での話し合いを行いました。
「症状に対するあなたの心構え、言葉を教えてください」というテーマでした。

 高良武久先生の著書からの抜粋で 
○症状の本態を知ること ○症状はあるがままに任せる、の部分を読み。
  「不快感情を排斥しようとする」ことから「からくり」がおこって発症すること。
  「素直にびくびくはらはらし、そのままなすべきをなす態度」が大事だと改めて認識しました。

 その後、テーマに対して参加者の方から、発表がありました。
  ・治ったと宣言して、脳にインプットする。 出来ない事は、人に協力を頼めるようになった。(自分で抱え込
   まなくなった。) 
  ・精神的からくりを 理解して楽になった。 集談会の参加を継続する事が支えになった。 
  ・集談会に参加して、人の話から吸収できた。 続けることが大事と思う。
  ・時間とともに少しづつ身についたものが多い。 辛抱が大事だと思った。
  ・自然に出てくる(あるがままにしていると)興味、好奇心に乗ってゆく、それを知ることもポイントと思う。
 などいろいろな意見がでました。
  長年、症状と格闘してきた皆様の意見は、大変参考になりました。

 
     

体験発表

 幹事Oさんによる、体験発表です。
 身体の疲労感等にとらわれ、普通神経症に悩まれた、これまでの経緯をお話されました。

  浜松医大や月照庵クリニックなどの受診から、基準型学習会に参加。
  森岡洋先生や高良武久先生の本によって自分の神経質に納得した。
  幹事会に参加し、体験発表、ホームページ原稿作成など、会の世話に関わるようになった。
  パソコンを使用するようになり、パソコン教室に通ったりした。
  代表幹事を引き受けた。 三島森田病院の体験記事を集談会で読みあう事を始め、好評だった。
  家業(自営業)の方では、関連した資格の勉強も始めた。趣味のランニングでは平成26,27の犬山マラソンで
  完走できた。等

 悩まれながらも、世話役、代表幹事、家業の勉強、パソコンの勉強、ランニング、読書、など 本来の活動欲に乗って、生活を広げてこられた様子がよく分かり、参考になりました。 




第542回 平成29年6月25日(日)参加者13名(男性9名、女性4名)


理論学習

 支部委員Sさんが「森田で治せるもの、治せないもの」のテーマでお話がありました。

 神経症に陥るのは精神交互作用による。あるきっかけで注意が集中して症状が固着してしまう。私たちは、森田を学ぶ中で、行動することで注意が症状から離れていく経験をしている。しかし、症状が一旦治ってもぶり返す人がいる。
 これは自分の考えだが、神経質者のもつ“完全欲”が悪さをして、最後に残った嫌な症状を異物視してしまう(思想の矛盾)。ほとんど症状はなくなっていても(これは一般の人も持つ程度の感覚)取り除きたいと考え、再度行動していくが、これが思想の矛盾となり、結果再発するのではないか。つまり森田で治せないものとは、完全欲からくる最後に残った違和感である。


このほか、参考になる言葉の紹介がありました。
・恐れもない無鉄砲者にならなくてよい。(足元を気にせず丸太橋を渡るようなもの)
・気兼ねは悪いことではない。(気兼ねは無駄な苦労と勘違いしている)
・自分に不都合なことは口ごもればよい。(虚勢を張る必要なし)
・不安は誰にでもある(神経質的な不安と、一般の人が感じる不安がある)
・思い切ってやるのではなく仕方なくやるのでよい。
・他人からの悪口や褒め言葉に対し右往左往しない(自分のベストを尽くせばよい)
 
     

体験発表

 今回はありませんでした。




第541回 平成29年5月28日(日)参加者8名(男性5名、女性3名)


理論学習

 今回はAさんが、『とらわれ』について自分の経験を元に、森田で学んだ事を講義してもらいました。

まず、神経質症発症の3つの条件を挙げています。
 ① 素 質 …… 神経質な性格(心身の事を気にしやすい)
 ② 機 会 …… きっかけ(周りの環境に適応できない)
 ③ 症 因 …… 誰にでもある事を無くそうとする(返ってそれに注意が向いて、とらわれてしまう)

 この3つの条件が揃うと神経質症に陥ると言われています。
 Aさんの場合、神経質で物事を気にしやすい性格であった。学生時代、通学の途中友人とうまく話せない事を気に病んだ。そういう事は誰にでも起こりうる事だが、それではダメだ、ちゃんと話せる様でなければ、生きていけないと思い詰めてしまった。会社に勤める様になってからも、うまく対応できない、周囲に溶け込めないと言う様な疎外感を持ち続けていた。

《対策》
 そういう状態から抜け出すために、色々な事を試みた。精神強化法の様な本を読んだり、催眠教室、話し方教室、心療内科などにも通った。症状を治す事に労力を費やし、その結果、仕事や日常生活がおろそかになってしまった。そんな事では決して症状は治らないし、返って悪化させてしまうのです。そんな時に森田と出会い、集談会に通う様になった。そこで色々と学び、今までの考え方の間違いに気づかされた。

《森田で学んだ事》
 ・緊張するのは自然な反応  なくそうとすると返ってとらわれてしまう
 ・感情は自分の意のままにはならない そのままにしておけば自然に収まる
 ・日常生活で必要な事をやる  気が進まなくても仕方なしにやる
 ・欲求に目を向ける  不安が強いのはその裏に欲望があるから、それに向かって努力する
 そして最後に、Aさんにとって、発見会で世話役をやった経験が非常に大きいという事です。それは自分に向いていた目を外に向け、人のために何が出来るかを考えるのが、神経質症に対する最良の対策だと言う事を表していると思います。森田は、ただ症状を治すだけにとどまらず、人間的成長を目指している会です。  
     

体験発表

 今回はBさんが、恐怖突入について自身の体験を元に考察しています。

 恐怖突入とは、不安に思うことから逃げないで、やるべき事をやるという事です。そして出来たという経験を積み重ねる事により次第に不安から解放されるのです。Bさんは不安神経症で、電車などに乗ると、心臓がドキドキして今にも倒れるのではないかと言う恐怖感におそわれ、一人では外出もままならない状態でした。しかし身体的にはどこも異状が無く、ただ考え方の間違いによって起こるものです。Bさんも、森田を学ぶ事によってこの事を理解し、恐怖突入を試みましたが、ここで一つの壁に突き当たりました。それは過去に恐怖突入しうまく出来ても、次に同じような場面では、予期不安が起き恐怖心に襲われる事です。

《考え方の誤り》
 一度うまく出来ても、次回になるとまた同じように不安になるのは、なにか取り組む姿勢に誤りがあるのではないかと考えた。そこでいくつか思い付いた事を挙げてみた。
①「自分は他人と違うのではないか」という考え
 自分は他人と違って不健康であり、人に比べて劣っているので、他の人が平気で出来ている事でも、自分は怖くて出来ないという誤った考え方に陥っているのではないか。
②「不安から逃げているのではないか」
 目的達成のための行動をすれば良くなっていくが、発作を起こす事を恐れて、逃げの行動を続けていれば良くならない。
③「症状の有無にこだわっているのではないか」
 症状があっても目的が達成できればよし とする考え方が身に付いていない。
④「心のやりくりをしているのではないか」
 不安になれば注意はそれに集中し、さらに不安が大きくなる悪循環に陥る。
⑤「自分の理想と現実のギャップを感じているのではないか」
 完全な自分の姿を思い描き、現実の自分をそれに当てはめようとする。それは不可能な事なのだが、その現実を受け入れられずに葛藤を起こす。

 Bさんは研究熱心で、森田についても良く勉強し深く理解しています。傍から見ても、最初の頃に比べれば格段に進歩の跡が見られます。しかしそれに満足せずに努力している姿には感心します。何事にも真面目に取り組み努力するのは神経質者の特徴でもあります。 神経質者は、一つの欠点にとらわれて、萎縮しているところがありますが、良い所は沢山あります。その方に目を向けて努力してもらえれば、必ずや明るい未来が開けて来ると思います。

第540回 平成29年4月23日(日)参加者12名(男性9名、女性2名、見学1名)


理論学習

 昨年、Iさんが全国15の集談会にアンケートを依頼した結果についての話がありました。

 アンケートは自己受容についてで、集談会に参加するようになってどう変化したか、をみるものでした。
自己受容は、森田療法でいう“あるがまま”につながるもので、治療の焦点になるものと言われています。

アンケートの結果です
・集談会に参加する前後の自己受容の度合い(自己受容度)について
 集談会に参加することで自己受容度は上がり、特に年代別では20~30歳台が高い。対人症状よりパニック症状の方がより高くなるが、これはパニックの人は自分の考え方が自己受容できるようになったかを判断する、一方で対人は、他人から認められるかどうかが自己受容できたかの結果になるため、わかりにくいのではないかとの考察でした。
・集談会が自己受容度に援助機能を果たしているかについて
 医師の介在なしに自己受容度があがっており、集談会への参加が大きな効果をあたえているのが統計的にわかった。 集談会は同じ悩みをもつ、“共通の感覚”の場であることと、森田理論の考え方を学ぶ場であることの二つの機能があることがわかった。

 数多くのデータを統計的に分析され、数値で集談会の効能を示していただきました。個人的には20歳代の若者がどんどん参加し森田理論を学んでくれたら早く良く改善するのに。と思いました。

     

自由課題学習

幹事Tさんが「恐怖突入」をテーマに意見・感想を参加者で出し合いました。

・自身の欲望に沿ってその目的に向け行動を起こすとき、絶対的な安心を求めてしまい(非安心行動)、そうでない場合尻込みをする。
・恐怖突入は目的のためならしかたなくやること。
・この壁は乗り越えられるものと言い聞かせてやってきた。生きるための仕方なく行動した。
・森田理論を学ぶ中で、森田を信じることができ実際に行動したらできた。
・生活が滞り、ここでしないといけない状況に陥った。
・事実はどうなのか、体験的に覚えるために恐怖突入は必要。
・不安・恐怖の中に居続けると恐怖の実態はわかる。しかしその場になると生理的に恐怖が強くなるのが問題。

 恐怖突入を経験した人、経験してみたがその体験からまだプラス効果がみられていない人、恐怖突入できない人、などさまざまな意見・感想が聞けました。


第539回 平成29年3月26日(日)参加者13名(男性6名、女性4名、見学3名)


自由課題学習

幹事のKさんが「感情の法則から気づいたこと」をテーマにあげ意見交換しました。

・雑談が苦手な者は、感情に流されることなくその場に嫌々ながら居ると、話の内容が入ってくる経験をする。
・感情に焦点をあてるととらわれるので、不安の裏側にある欲望を考えるようにしている。
・症状の強いときは、感情の放任による嫌な気持の消失には時間がかかる。
・緊張の強い場面に何度も恐怖突入をすると、不安が減る経験をする。
・怒りの感情はまず我慢する(3日考える)。安易な怒りの発散はうまくいかない。
・感情に集中すると症状は強くなり、放任すると消失する体験をし納得した。
・感情の法則を学んだ後に、実体験でなるほどと思う。
     

体験発表

幹事のTさんが発表されました。

不完全恐怖が原因で生活の発見会に入会されました。
小さいころ経験した乗り物酔いへの不安について、森田療法の本から「船酔い」の事例を挙げ話がありました。
船酔いは、波にゆれる船の動きに合わせることで防ぐことができる。船の動きに“調和させる”ことです。我々神経質者は恐怖のためこれに反抗してしまい、かえって船酔いになる。自分の経験にあてはめてみると自動車や電車に乗る時など目を小刻みに動かし、乗り物の動きに反抗しているように感じる。
 
「また症状が出たらどうしよう」、不安が強くなると、おかれた環境に同調することなく抗ってしまう。自分の感覚を対象物に添わせることが大切と感じました。

第538回 平成29年2月26日(日)参加者9名(男性4名、女性5名、見学2名)


理論学習

支部委員のKさんが「森田を学んだ体験」をテーマにして講義をされました。

 就職後、会社の研修で緊張から、書く字がふるえて書けなくなった体験をしました。その後に役職も付き、ふるえの不安がエスカレートしていきました。ふるえるごとに、注意がどんどん集中して、人前で字が書けなくなり、書字恐怖という神経症になりました。
「心の再発見」の本から森田療法に出会い、名古屋集談会へ参加しました。今までは一人で症状に悩んでいましたが、神経症に悩む人達の存在を知り、そして神経質な性格の活かし方を学びました。名古屋基準型学習会では、「感情の法則」「行動の原則」などを学び、日常茶飯事の行動も丁寧に行うように心がけました。さらに集談会や中部支部でも役割を担っていき、人の役に立つことを目指しました。“症状に関しては、治そうとしているうちは、治らない。自分の症状はなくならなくてもよい、このままで良い。”と理解ができました。
     

体験発表

  幹事のSさんが発表されました

 去年両膝の手術をしました。目標であった富士登山を登頂するために、山登りなどをしたりして下半身を鍛えるうち、膝の内側の軟骨を痛めたためです。元々少しO脚気味でもありO脚の修正も兼ねました。高位はい骨骨切り術を紹介したTVを見て、神奈川県の関節外科まで出向きました。入院も一カ月以上続き、手術後もしばらく杖を使用していました。現在は、階段もあまり苦にしなくなり、今年の6月には金具を取り外す予定で、経過も順調に進んでいます。
 Sさんは学生の時にワンダーフォーゲル部に入部し、社会に出てから鈴鹿山脈、そして中部山岳が視界に入り、北・南アルプスの山々を登ってこられたそうです。
 平成28年度の発見誌の1月号のアンダンテに「70歳の富士登山」の記事が収録されています。
 
 現状をあきらめることなく自己実現のため手術を決断したSさんは、神経質の性格を良い方向へ向かわせた方だと感じました。



第537回 平成29年1月22日(日)参加者16名(男性10名、女性5名、見学1名)


理論学習

 生活の発見会中部支部長のWさんから「治るとはどういうことか」について講義していただきました。

 例えば対人恐怖症でいえば、対人恐怖が治るというのは対人恐怖的囚われがなくなるということであって、人間性としてあるべき対人的配慮やある程度の対人的緊張感などが全くなくなることではない。他の恐怖症も同じでその恐怖症にしてもそれに対する警戒心が全くなくなることではない。パソコンで例えれば最初のリセットされた状態である。
最後に治るためのヒントとして、「理想は高く、実行目標は小刻みに。小さな成功体験を積み重ねること。」とアドバイスがありました。

生活の発見会の本部のホームページの中の体験記が掲載されているとのこと、大変参考になりました。      

体験発表

 支部委員のIさんの体験発表がありました。

 対人恐怖症・衆前恐怖症で長い年月の間、苦悩した。発症のきっかけは中学生の時、授業中あてられて本を読むのに失敗して、それがきっかけである。失敗した自分が許せない。その気持ちは長く続いた。いつも自分に注意が向くようになった。自分の心が弱いためで強くならなければならないと考えた。そういう症状は特に大学生時代が一番ひどかった。社会人になってからも自分の悩みを人に相談することが嫌でいつも自分で悩みを抱えてしまった。そして「症状があるから思い通りに生きられない。」と症状に囚われてしまった。

 生活の発見会に入会し森田療法を勉強して解ってきたことは、その頃、そういう症状がどうして起きているのか、どうしてそういう症状に陥ってしまったか心のメカニズムが解らなかったが、今は理想主義、完全主義に陥っていて、人前で「あがる」、「顔がこわばる」ということは、自分の症状に注意を向けてしまってそれに囚われてしまっていたと解った。「こうならなければならない」と自分を縛ってしまっていた。

 今は、遠くを見ながら歩いていこうと考えるようになり、少し気持ちが楽になってきた。森田療法は症状の改善だけでなく、人の生き方を教えている療法だとも思った。


第536回 平成28年12月25日(日)参加者12名(男性6名、女性5名、見学1名)

自由課題学習


 幹事のTさんからの提案で、「生の欲望と不安」のテーマで考えを出し合いました。

森田では、不安(症状)は取り除こうとはせず、そのままにしておくこと。不安とは何か、なぜ起こるのかなど理解を深めながら、不安の有無に関係なく、生の欲望(自然にある気力)にのって実践する。不安をなくすのが目的ではなく、日常生活で活動欲に従っていく。という話がありました。 そのあと、参加者がそれぞれの生の欲望を追及するために始めたこと、心がけたこと、結果として経験したことなどを話し合いました。

○始めたこと、心がけたこと
・不安とやりたいことの大きさを比べてしまい、やりたいことが小さければ逃げてしまう。
・自己実現のためより良く生きたいというより、停滞した生活を整えるに必死だった。
・不安や悩みの中で、わけもわからず飲酒して自己実現しようとした。
・行動実践は、自分が納得し気力が湧きあがらないと続かない。

○経験したこと
・不安のメカニズムを理解すれば、不安があっても慌てずに行動できる。不安を持ったまま行動するのが楽になった。
・不安があっても恐怖突入して、自分の症状は精神的なものと分かった経験をした。
・恐怖突入したことで、尻軽く行動しやすくなった。
・他人から勧められたことは、まずやってみた。そのあと自分に合致するか判断した。
・結論のでないことは悩まない。
・言い過ぎたと悩む状態から、済んだことではなく、これから気を付けることを考えるようになった。
・他人に対して注意を払う(好奇心や興味)から自分自身への関心に変化した。

不安を注視するのではなく、自ら湧き出でくる(自然にある)気力をどう行動に移すかが大切だとわかりました。
     

体験発表

 幹事のKさんがアルコール依存症を克服した体験について話がありました。

アルコール依存症になったあと、頼っていた宗教の恩人からの勧めで、菩薩小物づくりと専門病院での治療を始めた。他人を攻めるような口調、それを注意してくれる人を避け孤立していた。生活の発見会に入会して、まじめで頑張りすぎてしまい、結果うまくいかない、他人を頼れない自分を認められるようになり、次第に生活に支障が出なくなった。

「Tさんは本当に頑張ってきた、だから家族の今がある。自分を認めてください。過去の出来事と他人は変えられないが、自分は変えられます。」これは、集談会の先輩からもらった大切なメールですと披露されました。



第535回 平成28年11月27日(日)参加者12名(男性7名、女性5名)


自由課題学習


 幹事Oさんによる、自由課題での話し合いを行いました。

テーマは「劣等感について」です。 Oさん自身、劣等感が強かった経験と大原先生の本にて、「優越感と表裏一体のものである」との解説から,「劣等感だけでなく優越感も強かった」ことを認められるようになった経緯を話されました。

以下 「劣等感について」の参加者の方の感想、意見です。
  ・神経質の人の負けず嫌いが、優越感に通じているのではないか。
  ・理想の自分から外れた自分を見たくない心理で、事実を見ることが大切。
  ・他人と違う部分を、周りに悟られたくない一方、負けず嫌いだったことが、関係するのか。
  ・感じではなく、他人に写る実像で低く評価されることもあった。
  ・優越感を持ったとき、他人を見下げたり、関係が悪くなることもある。
  ・自分の主観であり、客観でない。 劣等感があるときのほうが、集中していたように思える
  ・ほどほどが大切。
  ・自分の弱い部分と、他人の得意なところを比べがちである。
  ・他人を経由して出てくる評価は変えること難しいが、自分の中の自分の評価は変えて行ける。
 
森田理論を基調としながら、いろいろな人の意見が聞けて見方が深まる話合いでした。

体験発表

対人恐怖と手のふるえの症状に悩まれた、幹事Tさんに体験をお話し頂きました。

中学生の頃から、ふるえを経験し、とらわれがはじまり、高校生のときの演劇部でのふるえた経験に注目してしまい、とらわれを強めて行った。その後、結婚して子供が出来ても、子供が神経質になってしまうのではと心配になったり、また、自分の気分の方に注意が向きがちで、話し方教室など通っても解決しなかった。

集談会に参加して、帰りにお茶に誘われた事がきっかけで、自分の居場所ができたと思うようになった。
会の先輩の言葉の「ふるえは癖なので、共存していくより仕方がない」に触発され身近なこと(外を掃く、自分から挨拶など)から手を出すようになった。
故斉藤理事長の言葉、「出来たことを評価すればよい」も心に残り、一日学習会など参加するようになった。
その後、ご主人が病気でお亡くなりになるという一大事があり、自営業の為、仕事を引き継がねばならなくなった。感情よりやるべき事に目を向けるようにと思いながらもなかなか困難であり、震えながら納品に行った事や、会食時の不安な経験など話されました。

そうこうしながも、行動していくうちに、だんだん周囲が見えるようになり、「ふるえがあっても出来る事がある」、と思える様になり、優先順位を付けながら、段取りも出来る様になって行きました。
現在では、「ふるえるのも自分」と思え、仕事、お稽古事、旅行と、「症状と共に生きる事」を体得できたように思える、と話されました。

とらわれた経緯から、症状の実際、とらわれからの開放まで、とても分かり易いお話でみなさん共感されていたようです。 多くの参考になる事が含まれる体験談でした。


第534回 平成28年10月23日(日)参加者9名(男性6名、女性3名)見学者1名


理論学習

 支部委員のKさんが「あるがまま」と「純な心」の講義をされました。

「あるがまま」
強い不安や不快な感情に囚われている時には、先ずは自分自身の姿や状態を、そのまま認める事です。自分のどんな感情もそのまま感じ、受け入れる事です。ここまでが前半になります。
不安が弱くなって視野が開けてきたら、不安、不快の感情を持ちながら「~したい」という自然な欲望にのっとり、行動する事とも言えます。より大事なのは後半のあるがままになります。  
「純な心」
『あやまって大切にしていた皿を割り、“しまった。大変なことをした“と急いで割れ目をつぎ合わせて残念がる。これを“純な心”という』得てして、皿を割った人は弁解をする事が多く、また叱られるとか、弁償を迫られたらどうしようとか、自己防衛的な心が働きます。これは純なる心ではありません。

体験発表

 幹事のTさんが発表されました。

 学生の頃から気が小さく、人に対して緊張しやすく、なかなか周囲になじめない自分がいました。就職してからは、催眠療法や話し方教室にも通いました。そして発見会を知り集談会に通って、森田理論を学んでいきました。

長年勤めていた会社が解散して、転職をする事になりました。一度転職をするとなかなか、一つの職場に腰を落ち着ける事ができませんでした。そんな状況ではありましたが、森田の教えに気付かせてくれる事もありました。
一つは生活に徹するという事です。家族の為にもお金を稼がないといけないので、自分の心の状態よりも自分達の生活を先にしていくという事です。もう一つは、自分自身になりきるという事です。元々自分は気が小さく、恥ずかしがりやでした。事実は恥ずかしがりやなのに大胆でなくてはいけないと、架空の自分を思い描いていました。能力のあるところを見て欲しいと思いながら仕事が空回りをする経験もありました。気が弱いのも自分だし、また理想との違いを感じる自分もこれも自分と受け入れました 。


第533回 平成28年9月25日(日)参加者9名(男性6名、女性3名)


自由課題学習

幹事のIさんが担当しました。

私たちの症状は普通の健康者(以下健康者という)にはどのように映るのか、テーマに沿って考えを出し合いました。

<テーマ1> 
不安、恐怖。私たち神経質者と健康者が感じる不安や恐怖との違いは何か。
 
・違いはない、健康者からは当たり前、考えすぎに見える。
・恐怖、不安の対象が違う場合もある。例えば乗り物に恐怖を感じるなど。
・原因がある不安感と、漠然とした得体のしれない不安感がある。
・不安が増大させる、思い込みが強くなる。健康者からは大げさに見える。
・感じ方が敏感になっている。
・不安、恐怖に陥る考え方、連想の仕方がある。プラス面では想像力豊か。


<テーマ2>
 「ホント、緊張して心臓バクバクする~!!」と言いながらもやりきる人がいます。なぜ緊張しながらもできる人がいるのか。

・不安感を隠し、他人にさらさない。(恥と考える)
・他人からどう見られているかを意識し、弱みを隠す。
・健康者は他人に弱みを出しているように見えるが、実は弱みとは思っていない。
・緊張を正しく(事実として)受け止める。
・理想と現実の自分の差を認めず、症状(病気)に仕立てて逃げている。
・限度を超えるまで理由なく増幅させている。
・逃げる場所を前もって作る。(言い訳を考える)
・やり遂げたことで満足感が得られるかどうかが違う。


<テーマ3> 自分自身に対し、仮にアドバイスするとしたらどう伝えるか
健常者として自分へのアドバイスを考えました。

体験発表

体験発表はなく、メンタルヘルス岡本記念財団のHPの症状別アドバイス集を輪読しました。

第532回 平成28年8月28日(日)参加者14名(男性5名、女性4名、見学1名)


理論学習

 支部委員のYさんが「感情の法則」の講義をされました。

Yさんは中国で生まれ、中国で成人しました。来日してから18年がたちました。現在は日本人のご主人と、愛知県内で生活をしています。Yさんは日本に来て環境が変わり、日本人との距離感がつかめず、パニック障害に悩み、ドクターショピングもしました。自分の症状を受け入れる事ができず、不安が不安を呼ぶ状態が長く続いたそうです。

しかし森田を学び、感情は自然現象で、自分の意思ではコントロールできないと知りました。自分の感情任せの行動に気付いたのです。また感情の法則の一つ一つを丁寧に説明されました。 リオ・オリンピックのレスリング女子53kg級吉田沙保里選手の銀メダルを例に挙げられました。 そして不安を完全になくすことはできないので、不安を身にまとい、ハラハラ、ドキドキしたりする生活で、感情の奴隷にならないように努めていくと話されました。
 

体験発表

 幹事のSさんが発表されました。

20歳の頃に友人に手の震えを、指摘されたのがきっかけになりました。手の震えは、滋賀大学の先生に本態性振戦と診断されました。薬物での治療は望んでなく、生活の発見会に入会しました。医療関係の仕事に従事して、起業もしましたが、昔から対人関係は苦手にしていました。仕事のスタッフとの、人間関係のトラブルも経験しました。そして森田療法の本を何冊も読み、自分が神経症であることを納得させてくれました。

人間関係のトラブルは、生活をしていくには避けて通る事はできません。集談会で森田 を学んだように、対処の仕方を身につけていく事だと思います。また手の震えは人前でも一人の時でも震えます。他の人から指摘を受ければ嫌な気分になりますが、辛抱をすることの大切さを知り、他人からも打たれ強くなってきたと感じます。  

第531回 平成28年7月24日(日)参加者14名(男性8名、女性4名、見学2名)


自由課題研究

幹事のTさんが考える「神経質の原因」についてどう考えるか、皆で話し合いました。
 
 森田療法では、神経症は先天的気質、環境的要因、養育、外因的要因が組み合わさってできるものとしている。幹事Tさんは、自分自身を振り返り、その中でも外因的要因が強いのではないかと考えるとのことです。また、聖路加国際病院の医師の中には、神経症は上記の先天的・環境的・外因的要因もあるが、その人の習慣がその後の心を左右するとしている。
 出席者の方々は、自分自身を振り返り自分の症状に照らし合わせて話し合いました。見学者の方も参加され皆さん話し合いに盛り上がり質の高い内容で理解しやすく良い自由課題学習であったとしみじみ感じました。

 

体験発表

幹事Nさんの体験発表です。

父は神経質で短気。母は、おおらかな性格であった。よく母が父のような性格はダメだと言っていたのを覚えている。Tさんは小学5年生のとき自分の性格が気になった。自分を変えたい大胆不敵な人間になりたいと思った。中学に入りそういう思いが強くなり、積極的な発言、行動をしていた。あるとき、悪い人とけんかをしてオロオロした自分に自信が崩れた。自分の性格を変えれなかったことに失望した。そんな時、親の勧めで精神科の病院に受信した。自律神経失調症と言われた。社会人になって、自動車部品関係の会社に就職したが人と接するのが苦手で、同僚との人間関係も悪くなった。恰好をつけて演技をしてしまう自分に嫌気がさした。もう一度やり直したい。そんな症状に悩んだ末に、自動車の設計事務所に転職した。心臓がどきどきして眠れない。朝・昼の感覚がなくなった。眠れなくなると自分が制御出来なくなる。そういう症状が出てきた。自殺未遂をしてしまった。そんなこともあって会社との関係が気まずくなって辞めた。
 日本の景気は、バブルが崩壊した時期であったが、自動車の設計関係の会社を一人で設立した。経営も順調で人を雇用することが出来るようになった。その頃、自分が変りたくて、森田の「心の再発見」の本に出合って生活の発見会に入会した。最初は集談会に足が遠のいていた。ある時躁うつ病状態が出た。会社の部下のお蔭で会社をダメにすることもなく、入院治療することができた。その後、部下と社長交代をした。今度こそ背伸びをするのを止めようと思った。それは性格を変えようと無理をした。本来の自分に素直になれなかった。部下に感謝した。もう無理な演技、背伸びは止めた。今はやるべきことをやるようにしている。Nさんの生きたこれまでの人生のドラマである。

 ところで、体の不調は本人が感じやすく人にも伝えやすいが、心の不調は自覚しにくいうえ伝えるのが難しい。脳の神経細胞を採って調べるわけにはいかないため、うつ病・躁うつ病と診断を下すのは、精神科の専門医にとっても非常に難しく慎重に行われる。そのため周囲の人が気づくことが大切であるといわれている。そして早く発見し適切な治療をしていかないと悪化し取り返しがつかなくなるとされている。そんなNさんを理解し一緒に仕事を支えてくれる部下。素晴らしい良い人間関係を築いてこられたとつくづく思いました。




第530回 平成28年6月26日(日) 参加者15名(男性12名、女性3名


体験発表

幹事のOさんが発表されました。

 肩こり、腰痛、など体調への「とらわれ」で悩まれていました。平成26年の一年間の記録といったものを発表され、マラソン大会参加、読んだ本の感想、会の活動に関することや、参加した講演会のこと、訪れた行楽地のこと、日常に事などでした。
さまざまな行動をされ、活動欲の大きさを感じました。
 日記とは一味違う、こういった行動記録を記しておくのも、後で見直して参考になると思いました。

 また、月照庵クリニックに通われたとき、そこで使用したプリントの「外来森田療法に於ける留意点」を見ながら、経緯を説明いただきました。
症状のもとになったのは「ダメな自分を見せたくなかった」ことがあり、また「やればできる」といわれたことが印象に残りました。プリントの中に、「症状は本心(向上発展)の、枝葉末節といってよい」と書かれており、Oさんの活動記録のお話と関連して、神経質の欲望、向上欲などについて考えさせられました。
 

理論学習

支部委員のMさんより「不安神経症はどのように症状がなくなったのか」について、お話し頂きました。

 心悸亢進がきっかけで医療機関の受診を繰り返し、ヨガ、整体、自律訓練法、宗教の本などにのめり込んで、「とらわれ」ていった後、森田療法に出会い症状から抜け出していった経緯を話されました。
発見会に出会い、日記指導をうけたとき「病気でないとわかれば、それでよい」との一行が印象的であったこと。
 また、なかなか良くならないと思っていた時期に、基準型学習会に参加し、症状について「どこが間違ったか、どうしてそうなるのか」を質問され、「なぜ、を繰り返して」考えているうちに「症状自体がない」ことに気がついた。

 もともと誰にでもある事であるので「再発するとか、しないとか、、そもそも それ自体がない」ということで、「気になること」に「ただとらわれていただけ」だと分かってきたと話されました。
 それからは悩みながらも「逃げない、背伸びしない、すぐやる」「人の喜ぶことをする」(よく見せようとしない、手をだしていく、環境がよくなる、)を心がけて行動していった。
 不安は、安定した生活が阻害されそうなとき(どこかにうまくいってない事がある、)起こりやすく、その時は、実生活を見て対応することが重要。
 治ってもそれほど、うれしいとは思えず(ただ普通に戻っただけ)、症状との格闘を理由にほっぽりだしていた、本来やるべき事〈仕事、家庭、その他のこと〉が前面に出てきた、という認識であった。

 最後に「努力即幸福」、「幸福の追求」など、症状や森田から離れて、考えて答えを出していくことも大事なことであると言われました。 具体的でわかりやすく、体験を交えたお話で、心に響く講話でした。





第529回 平成28年5月22日(日) 参加者14名(男性9名、女性4名、見学1名)


自由課題学習

今月は理論学習の代わりに、幹事の思うの課題について、参加者で話し合う「自由課題学習」を行いました。
初めてのことでしたが、幹事Sさんが思う課題について話をしました。

テーマは「自己肯定感」についてです。

私たち神経症に悩むものは、自分と他人を比較する、完全にやり遂げられない自分を卑下する、自分は無力がダメな人間と考えがちに なるなど自己肯定(自己受容)が下手です。自己肯定できるようになれば、自分を責めない、弱い自分を他人にさらすことができる、など背伸びをせず居心地のよい自分になれます。

自己肯定感(自己受容)は自分の長所、短所、ありのままの自分を受け入れることです。

課題:自分の強み、良いところを考える習慣を身につける、ということで、今回は各人が自分の長所を皆に発表
することになりました。

発表していくうちに、自分の長所を自分自身わかっていない人が多くいることに気が付きました。また「他人の
方が長所がよくわかる。」という声も聞かれました。普段、私たちは自分のできないところばかりに目が行きが
ちですが、自分の長所をみつけ自己肯定感を養うことの大切さがわかりました。

    

第528回 平成28年4月24日(日)   参加者14名(男性12名、女性3名)


体験発表

なし 
代わりに自助グループ(集談会)に参加して「自己受容がどう変化したか」についてのアンケート。質問(52問)にメンバーが無記名で回答。後日、何らかの形でその結果をフィードバックすることに。

理論学習

学習委員のMさんが「行動の原則」を講義されました。

吃音で苦しんだ体験から、吃音は治すものではないと思うようになった。逆にその悩みを糧に勉強に励んだ、という体験から「症状があっても普通の人のように行動する」ことの大切さを学んだ。
緊張しながらでも話をする。その時自分がどう見られているかではなく、何を話すかの内容の方に注意を向けることが大切。

人生は有限、一瞬一瞬を大切に生きることの大切さを強調されました。

     







第527回 平成28年3月27日(日)参加者15名(男性12名、女性3名) 、見学者3名


体験発表

時間の都合により、ありませんでした。

理論学習

副理事長のOさんが「神経質の性格特徴」の講義をされました。

神経質の人の持つ4つの性格特徵(内向性、心配性、執着性、完全欲)を変える事はできません。行動する事から逃げていれば、性格のマイナス面が現れてきます。前向きに行動をするようになれば、性格のプラス面が自ずと現れてきます。
神経質な人は、人と自分とを区別してしまいがちで、共感を持ちにくい「差別観」があります。しかし集談会に参加することで、人との垣根が取れてきて、「平等感」に変わっていきます。

講義をされたOさんは、参加者の人からそれぞれの“かくあるべし”を質問していくなど、全員参加型の講義になりました。

         

第526回 平成28年2月28日(日)参加者12名(男性9名、女性3名)


体験発表

 支部委員のAさんが発表されました

〔神経症との戦い〕
Aさんの神経症のきっかけは、中学時代、授業中急に本が読めなくなった事から始まった。その時は何故そうなってしまったのか全く分からなかった。それまでクラス委員もやっていて、皆の前で話せていたのだが突然出来なくなってしまったのだ。
Aさんは元々引っ込み思案で神経質な性格ではあった。一方姉はAさんと違い社交的だった。その姉と絶えず比較されている様に思い、自分の性格を否定的に考えていた。『人は社交的でなければならない。まして男は人前で堂々としていなければならない』と言う様な考え方にとらわれて、無理に自分を作り上げていたのだろう。その無理が限界に達して症状として現れたと思われる。
それからはその事が頭から離れず、また苦手な事からも逃げていた。そうした自分が許せず惨めな思いを抱えて過ごしていた。何をやっても楽しめない状態であった。
一番輝いているはずの青春時代ではあるが、ぼんやりとした、生きている手ごたえの無い時間を費やしていた。その反面何とかしなければという気持ちも強く、ヨガ、話し方、内観と色々なものに手を出していた。また体を鍛えて気持ちを強くするために少林寺拳法もやった。ただ自分の弱さを知られると恥ずかしいという気持ちが強く、絶えず周りを気にしてビクビクしていた。そんな悩みを抱えながら20年間のサラリーマン生活を送り、その後同じ仕事で独立して今に至っている。
考え方に変化をもたらしたのは、今まで誰にも話せなかった事を奥さんに話したら意外な反応が返ってきた時だ。『知っていた。そんな事は大した事では無い。そういう悩みを抱えながらよく頑張ってきたのではないか』というものだ。これで気持ちが楽になった。そんなに自分を否定する事ではないんだという思いになった。

〔集談会参加〕
 きっかけは、独立してやらなければならなくなった時、自分の心がしっかりしなければという思いからだという。森田を勉強するうちに自分の考え方の誤りに気づかされた。今までは「こうでなければならない」という考えにとらわれていた。とらわれは簡単には取れないが、そのメカニズムは分かってきたし自己修正力も出来てきた。また失敗すると落ち込み自分を否定してきたが、今は「失敗」は何が間違っていたのかを教えてくれる。その意味を考える様になった。森田を学ぶことにより、これから進むべき方向性が見つけられるのではないか。

〔体験談を聞いて、森田理論を考える〕
 今Aさんは、森田理論は元よりその他の分野にも積極的に手を出して知識を広めている所です。大学院に通い心理学の勉強にも取り組んでいる。長い間神経症に苦しみながらも、それを乗り越え、さらに上を目指して努力している姿は尊敬に値するものです。
 森田では神経症に陥るのは、持って生まれた神経質な性格が、環境の変化(進学、就職、結婚)などがきっかけで発症するといわれている。そしてその元となった考えに注意が向くと、精神交互作用により益々増大させてしまう。完全にとらわれて周りが見えなくなり、神経症に陥って生活に支障をきたす様になってしまう。
 Aさんも正に典型的な神経症の道を歩んできたと思われる。神経質な人は決して努力を辞めない。神経症になると、その努力が神経症を治そうという誤った方向に向いてしまう。
 そこから抜け出すためには、考え方の誤りに気づき、がんじがらめになっていた呪縛を取り除く事が必要である。神経質な人は元来優れた特性を持っている。まじめで、辛抱強く、向上心がある。その長所に気づき、それを伸ばす方に注意を向け努力すれば、自然に道は開けてくるのではないか。そして自分のやりたいことが実現できれば、自ずと神経症は問題にならなくなると思う。
今神経症に苦しんでいる人も、ただ症状を治す事だけに固執するのではなく、自分のやりたい事に目を向け努力してもらいたい。そしてその目的を実現させた時、真に症状から解放された事になる。それはただ症状が無くなって元に戻ったというだけでなく、人間的にも一回り成長した姿になっていると思う。森田理論はその方向を指し示してくれる道しるべとなるのです。


理論学習

支部委員のIさんがの『神経症の成り立ち』について話がありました。

1.神経症に陥る条件
 (1) 素質・性格 
 神経症に陥りやすい条件として神経質な性格があげられます。内向性・心配性・執着心・完全欲などです。これらがマイナスに作用した時、うまく適応できずに神経症に陥ってしまいます。逆にプラスの面を生かせば、持っている能力を発揮させて充実した生活を送れるのです。神経質の良い所を生かして人格を磨き社会に貢献していく事が大切である。
 (2) 機会
 環境の変化など何かのきっかけで発症する。神経質な性格を持ち合わせていれば、年齢に関係なく発症する可能性がある。
 (3) こだわり(価値観)
 後天的なもので、生まれて後に学習して形成されるものである。家庭環境に大きく影響される。またそれは次の世代に引き継がれていくものである。健康な家庭を作ることが大事である。
 (4) とらわれ
 人間にとって自然な現象を異常と思いそれを取り除こうとする。神経症は、生まれ持った素質に加え、有る事にとらわれる事により起こってくるものである。
2.症状を形成する心のメカニズム
〔思想の矛盾〕
 ここで言う思想とは理想や観念の事。思想の矛盾とはこの思想と事実が食い違う事をいいます。本来恐れるべきものを無理に平気になりたいと思う様に、事実から離れて不可能な事を可能にしようとする事。
〔精神交互作用〕
 ある感覚に注意を集中すれば、その感覚が鋭敏となり、その感覚が益々注意を固着させる。この感覚と注意が交互に作用しあって、最初の感覚は強大になっていく。神経症の時の不安・恐怖は、精神交互作用によって現実よりも増々大きなものになってしまう。
〔症状の発生と固着〕
 人間にとって自然に起こる不安を、無理に取り除こうと注意を集中させると、精神交互作用によって増々大きなものになってしまう。他の事には目が向かず症状が固着してしまう。
〔実生活上の悪循環〕
 症状が固着すると、症状が出そうな場所や状況を避けるようになる。これが度重なると恐怖心からやらなければならない事から増々逃げるようになり、社会生活は後退してしまう。
3.神経症を治すには
 (1) 悪循環を断つ
 神経症は、本来自然な不安を無理に取り除こうとして、精神交互作用などにより増大させて、症状にまで発展させてしまったものです。従って症状を治すには、増大させてしまった不安を、本来の自然な不安に戻していけば良いのです。不安は人間性に備わった自然な感情ですから、無くす必要はないのです。取り除こうとする気持ちを捨て、素直にそれを受け入れる事が大切です。
 (2) 症状の示すもの
 症状を起こす不安は欲望の裏返しでもあります。何かをやりたいという欲望があるから、出来なかったらどうしようという不安が起きるのです。その不安を取り除こうとして起きるのが神経症です。不安に目を向けるのではなく、自分は何をしたいのかという欲望の方に目を向けて、建設的な努力を積み重ねていけば、症状に対する注意は次第に薄れ、目的が達成されれば症状は問題では無くなると思う。
4.精神分析法と森田療法の比較
 (1) 精神分析法(フロイト) : 無意識の意識化
 意識に現れているのは記憶の中の氷山の一角である。大部分は無意識の中に沈んでいる。精神分析法は、この無意識の中に沈んでいる「心の傷」といったものを意識の上に浮かび上がらせて、患者に気づかせる事により治療を行っていく。
 (2) 森田療法 : 意識の無意識化
 症状は心のとらわれであり、自然にふるまっていれば流れていく。やがて無意識の中に沈み込んで症状は改善する。


第525回 平成28年1月24日(日)参加者13名(男性10名、女性3名)


体験発表

委員のKさんより「治るとはどういうことか」について、お話し頂きました。

 基本的な考え方「神経質症は、病気ではなく、ものの考え方の誤りである」の解説に始まり、ご自身の体験から、症状を除去しようとしてもうまく行かなかった事や、社会生活が後退して行ったこと、など話されました。  そして「神経質者の苦しさは、症状そのものでなく、実は自分が評価されないことが苦しい」のであるから、「必要な場面を避けても解決にならない」など、症状の本質や、対処法についての思い違いを明らかにするお話でした。
  
 また「治る」とは「症状を持った自分」を受け入れ「目的重視の行動が出来、生活が発展して行く」「症状から目が離れる」ことであり、また広い意味では、「人のために尽くしてあげたい心」が起こってくることであると、改めて認識させられました。


理論学習

●●岡本記念財団発行誌を読む●●

 岡本記念財団の発行誌 メンタルニュースの「症状別にみる森田療法の治療法」という記事を輪読しました。
 森田療法の概要から、強迫性障害に対する治療の、症例、経過、要点などをくわしく解説したもので、分かりやすいものでした。の症状〈輪読した以外の箇所〉についての解説も詳しく解説されているので、たいへん勉強になりました。



◆第524回 平成27年12月27日(日)参加者11名(男性7名、女性4名)


体験発表

幹事のSさんが今年の夏、予てから念願だった富士登山の話をされました。

通常5合目から山頂を目指す人が多い中、1合目から2泊3日のコースを選択。あいにくの天気で山頂の天候は良くなく、登山途中の写真を大きく引き伸ばして説明していただきました。
「神経症で悩む人は外に目が向かないとか、症状がなくなったらと考えがちだが、強い欲求があればやれます。症状をとろうとするエネルギーを本当にやりたいことに向けてみてはどうでしょう。」という言葉が印象的でした。


理論学習

 支部委員Iさんが「森田療法を学んで分かったこと」についてお話をされました。

不安に対する誤った考え方を変え、感情のコントロールを一切あきらめ、目の前やるべきことを集中してやる。「治る」とは症状をなくすことだけでなく、もう一つ、自分の弱さや事実を認め、人生の真の目的に気付くなど「人間性の事実」に気付くことでもある。
1「とらわれ」と「はからい」
2感情(不安・恐怖)はコントロールできない
3あるがままの本当の意味
4「治そう」と思うと「治らない」
の項目についてレジュメを使って分かりやすく説明がありました。

私たち、症状に悩んでいる最中の人が今できること。について具体的な話が特に役立ちました。
・考え方を変える:現実はうまくいくこともあれば、失敗もあることを知ることの体得(体験)。
・不安の真実を見る:欲望と不安は表裏一体。不安はあるのが当たり前。
・感情のコントロールを“一切”あきらめる。
・不安をそのままやるべきことをやる:これしか方法がないという事実、行動が感情を動かす、過去を悔い将来を心配するばかりに心が奪われるのではなく、今になりきる(集中)。

Iさんは最後に「森田を学んで今まで現実を生きている実感がもてなかったがずいぶん変わった。今でも不安な感情は残るが、先にどう進めばいいか光が見えている」と感想を話されました。


◆第523回 平成27年10月25日(日)参加者10名(男性6名、女性4名)、同伴者1名     


体験発表

 発表者のCさんは対人恐怖・抑うつで悩んでいました。発見会歴は長く、常に指導的立場に居られる方です。現在は学習委員をされております。今回の体験発表もただ御自身の経験を述べられるだけでなく、森田理論に基づいて解説しています。体験発表というより理論学習といっても良いと思います。

神経質症に陥る要素を幾つか上げています
 ① 素質
  〔弱さと強さ〕
    一見気持ちが弱い様に見えますが、反面負けず嫌いの所がある。非常に強い欲があり、他人に対して優越感
    を持ちたいと言う気持ちが強い。それが叶えられない時劣等感を持ってしまう。
  〔執着性〕
    物事に対して強い執着がある。心配事が何時までも心に残る。逆に新しい事にすぐ馴染めない。
  〔不安定性〕
    自信を持ちにくい。
 ② きっかけ
   心の傷として残る様な出来事に会う(会話がうまく出来ない、疎外感・逃げ出したい感じ)
 ③ 考え方
  〔二者択一〕
   ・100か0か極端な考え方になってしまう。
   ・完全に自信のある事しかやらない。 経験不足になりがち
  〔観念的理想主義〕
    積極的で行動的で明朗な人がよい。
  〔かくあるべし〕
   ・気分はいつも晴れ晴れ(不安はよくない) 人とあっても動じない。 
   ・感情は自由に出来る(不安は無しに)

症状を形成する心のからくり(メカニズム)
 ① 思想の矛盾
   理想ではうまくやっている自分を思い描くが、現実はびくびくして失敗もする。この食い違いに葛藤する。 
 ② 精神交互作用
   気分が良いかどうかが最優先。ちょっとした変化に敏感。
 ③努力の方向
   気晴らしで不安を取ろう。精神を強化しよう。不安を取る努力をする(催眠術、話し方教室)

   精神交互作用によって不安が大きくなると、それを取り除こうと努力する。その事に注意が向いてしまうと実
   生活がおろそかになる。やがて症状にまで発展してしまう。

変化(症状から立直る為に)
 ① 行動の訓練
  ・不安だからと言って辞めてしまうのでは無く、不安を持ったままやるべき事をやって見る
  ・繰り返しが必要
 ②考え方の変化
  ・感情と行動は別にできる
  ・いやいや、仕方なしでやればよい


理論学習

 理論学習の代わりとして、三島森田病院のHPから「体験発表」を取り上げる予定でしたが、時間の都合で出来ませんでした。ただ参考になると思いますので一応紹介します。

  発表者  22歳 男性 浪人生   症状 : 対人恐怖 強迫神経症(強迫観念症)

体験発表 :

〔症状〕
 「対人恐怖」 小学4年の時、班長選挙で落選した時、クラスのみなに性格や振る舞いなど非難された事がきっか
        けで、他人の思惑が気になり、人とうまく関われなくなってしまった。
 「雑念恐怖」 高校時代、成績が振るわず劣等感を感じてしまった。勉強法に迷い、勉強をしている時でも雑念が
        湧いて集中出来なくなった。
 「精神病恐怖」大学2年の時、通院している病院の先生からある診断をされて、自分は精神病では無いかと思う 
        様になった。ニュースで精神病と疑われる人が事件を起こしたのを見ると、自分も何かしでかすの
        ではないかという恐怖に襲われた。
 「身体的症状」心理的な症状に加えて、息苦しさ、顔のこわばり、頭内もうろう感、吐き気などの身体的な症状も
        出て来た。

〔入院生活〕
 臥褥の初めは遮断の環境に入った安心感と、これから森田療法で治すのだと言う希望に満ちていた。しかし、すぐに過去への後悔と将来への不安で苦しんだ。終盤は、本当に治るのだろうかという不安と、臥褥が明けてからの作業や集団生活に対する恐怖を感じ息苦しさや吐き気を覚えた。
 作業期は、比較的順調な時期と、症状がひどい時期が交互に現れた。入院2ヶ月経った頃には殆ど症状は出なくなり、薬も減り外泊をするようになった。しかし外の環境に触れた事により症状がぶり返して来た。また院内でリーダーになった事で精神的負担が重なり、一気に症状が悪化した。役目を終えるまではただただ苦痛を耐え忍んだ。
 それ以後は、症状を抱えたまま作業や勉強していった。やがて症状があってもそれなりに行動出来る事に気付いてきた。
 退院間近の心境は、退院後の生活に不安はあるが、何をやるにも不安は付き物で、それを受け入れるしかない。症状についても、治すと言う事は諦めて、目の前の必要な事に手を出して行くしかない。これが入院4ヶ月で学んだ事です。

講話 :

〔神経症の分類〕
 国際診断基準では、対人恐怖を「社会不安障害」、雑念恐怖・精神病恐怖を「強迫性障害」に分けているが、森田ではこれらをまとめて「強迫性観念症」という1つの疾患で表現している。それはこの2つには共通する所が多いからです。共通する部分とは「何々しなければならない」という思いが非常に強く、理想主義である点です。

〔各症状の〝ねばならぬ〟〕
 「対人恐怖」 人前で立派に振る舞わなければならない。その役にふさわしい人物でなければならない。勉強は完
        璧に憶えなければならない。
 「雑念恐怖」 勉強ははかどらなければいけない。
 「精神病恐怖」 健康でなければならない。

〔性格要素〕
 神経症に陥りやすい性格「神経質性格」
 「完全主義」 何事も完璧にしたいという気持ちが強い。
 「心配性」 取り越し苦労 マイナス思考
 「心気」 身体の事を過度に心配する。身体的症状が現れるが精神的なもの

〔入院の過程〕
 「臥褥中」 
  ・最初は入院した事で安心する(安静期)。
  ・次第にやる事が無くなり不安が出て来る(煩悶期)。
 「作業期」 
 ① 目的本位の生活が出来る様になり治ったと思う。しかし何か環境の変化などで精神的負担が増えるとまた症状が  悪化する。(症状が完全に良くなる事を目指している)
 ② 悪いまま、ただひたすら我慢してやる事をやる。(症状があっても行動出来れば良いと考える)
 「森田療法では」
  ・症状が無くなる事を目指すのではなく、症状があっても行動出来る、あるいは社会適応出来る事を目指してい
   る。
  ・最初は苦しくても、行動を繰り返す事によりだんだんと楽になって行く。楽になるのはあくまで結果であり、
   それを目指してはいけない。
 「退院後の心構え」
  ・退院した後も、苦難を百回繰り返さなければ決して楽にはならない。
  ・症状があってもかまわずそのまま行動する。その積み重ねが大切。
  ・症状があっても、仕方が無いという諦めの気持ちでやって行くしかない。(あるがまま)

◆第522回 平成27年9月23日(日)参加者13名(男性10名、女性3名)、見学1名


体験発表


幹事のKさんが発表されました。

10年ぐらい前に、アルコール依存症と診断されました。そんな時に、本屋で森田療法の存在を知り、生活の発見会に入会しました。集談会の仲間に励まされ、自分自身も少しずつ立ち直っていきました。基準型学習会も受講し、集談会では世話役となって、休まずに出席を重ねていきました。今年の3月まで、2年間の任期で代表幹事も勤めました。代表幹事の役目を終えホッとしていたら、燃え尽き症候群みたいになって、気力が湧かなくなっていきました。

集談会に参加するようになってからは、一滴のお酒も口にしなくなりました。落ち込んだからと云って、お酒の力は借りる訳にはいきません。6月に入ると、ウオーキングを始めました。カレンダーの日付に歩いた歩数と距離を書き込むようにして、リズムが出てきました。さらに9月の浜松での一泊学習会に参加して、講師の方より助言をいただき、行動にはずみが出てきたように思います。夜になって散歩をすると、居酒屋の赤ちょうちんが目に止まります、赤ちょうちんを見ても、あえて避けたりはしません、気持ちに揺るぎのない自分がいます。

代表幹事を務めあげたKさんは安ど感からか、抑うつ感が出たそうです。集談会も数回欠席しましたが、森田を学んだ経験から少しずつ行動を始めていき調子が戻ったとの話が印象的でした。

理論学習

支部委員のMさんが「行動の原則」の講義をされました。

一生懸命の仕事をしたのに失敗した、あるいは周囲から認められなかった。という挫折は誰にでもあると思います。その場に立ち止まって動けなくなるときには「行動の原則」は役立ちます。また会社内など日常生活にも生かしていきましょうとの話がありました。

 Mさんは、若い時から吃音の症状に悩んでいましたが、現在の仕事は人との会話を欠かすことができません。吃音の症状はたまに顔を出しますが、相手の方に自分の考えや思いを伝える事の方が大事なことであるという話をされました。



          

◆第521回 平成27年8月23日(日) 参加者10名(男性8名、女性2名)


体験発表

今日は『体験発表』の代わりに、S 幹事の進行で『心のクセ』について、参加者全員で話し合いました。

私たちは、必要以上に考え込んでしまう事があると思いますが、どんな時に、どのような事で、またその時の対処法について,意見を聞きました。

主な意見として
・仕事上で一緒になる人が苦手な人だと、その人の反応を必要以上に考えてしまい、対応が不自然になってしまう。また、それが相手に伝わって気まずい関係になる事がある。
・人に気をとられて、仕事の方に集中できない事はよくある。
・逆に考え足りずに安易に考え、失敗することや、自分の都合の良いように考えてしまいうまく行かない時もある。
・終わった事なのに、後でぐるぐると考えてしまうが、結論はでない。だが、メモに書くことで整理が出来て、終われることがある。
・人との関係で、自分の方が悪い、と考えがちである。
・夜考えている時は「うまくやれる」気になるが、朝になると気持ちがなえる。

*特に結論は出ませんでしたが、『紙に書き出す』ことで、頭の中や気持ちが整理されることは複数の方が効果的であると話されていました。

*その他は、これはという決定策はなく、なんとか我慢もしながら、進んでいくことしかないのではという意見で落ち着いたようです。

*活発な意見が出て、話し合いも盛り上がりました、他の人の意見を聞くことで、より共感できるこもあり、集談会ならではの事だと感じました。
これからもいろいろなテーマで、話合えたらと思います。

理論学習

学習委員のMさんから、『欲望と不安』について講義して頂きました。

欲望と不安は「あるがまま」、「精神交互作用」、などと共に「森田」の中心概念と思う。「生の欲望」に沿って行くことが大事である。入院森田も、「生の欲望」を表に出し、活動意欲を高めて行く方向である。
不安の方に傾過ぎているバランスを、欲望の方向へ戻すこと(不安をなくすのではない)。
精神は本来動いていくものであり、ほっておけば環境、状況で動き流れる。
精神自体によい悪いはなく、例えて言えば、鏡のようなもの(状況によって色々なものが写る)ではないか。
など、ご自身も不安神経症で、仕事も辞めようかと、悩まれた経験を交えて話して頂きました。
また、症状を乗り越える方法についての質問についても、決定的な方法は分からないが、仕事を続けながら、森田も続けてきた事や、転勤の多い仕事のため、例えば人間関係の悩みにしても、転勤する期間の間だと思い、なんとかやってきたのが現実であった事。
これだけやれば、これだけ良くなるというものでもないと思う。と答えて頂きました。

決定的な方法がとりたてて無かった、ということが、かえって現実的であり、説得力が感じられました。
また、続ける趣味(登山)があったことも良かった事で、いつでも出来ると思うと、なかなか出来ないが、おっくうなままでも実行していくと変わってくると話されました。

とにかく必要なことを続けることが、まずは大事かと思いました。
また、「精神自体によいも悪いもなく、鏡のようなもの」と言われたことが、頭に残りました。
どうしても「よい精神状態」を目指して努力しがちですが、目指すのは「自身の欲望」の方向であり、「精神も流れていく」ことはその結果でしかないこと、が改めて認識されるお話でした。

◆第520回 平成27年7月26日(日) 参加者12名(男性9名、女性3名)


体験発表

神経症(乗物恐怖・閉所恐怖)についての体験発表がありました。

 Bさんは乗物恐怖、閉所恐怖といった不安神経症(パニック障害)で悩んでいました。きっかけは、車の運転中に胸苦しくなり、どうにかなってしまうのではないかという恐怖に襲われた事です。元々持っていた神経質な性格と、環境の変化によるストレスが重なったからだと思います。それからは又起こるのではないかという予期不安に襲われ、車の運転が出来なくなってしまいました。そして通っていた病院の先生から森田の本を渡されたのが、発見会との出会いでした。発見会には平成15年に入会、名古屋集談会に参加することになりました。最初は自分で運転する事が出来ずに、奥さんに送って貰っていました。集談会で他の人の話を聞いたり、森田の勉強をするうちに少しずつ症状も良くなり、行動範囲も広がっていきました。翌16年に森田理論を体系的に勉強する会(基準型学習会)に参加しました。その頃には自分で車を運転して来られるまでになっていました。学習会には一度も休まず出席しました。そして今日まで集談会活動に積極的に参加され、他の幹事と共に名古屋集談会を支えて貰っています。傍から見ると、もう症状は完全に克服したかのように見えますが、まだ時々は症状が顔を出す事があるそうです。ただそれによって日常生活に支障をきたす事は無いのではないかと思われます。症状が出ても慌てず、落ち着いて対処出来ているとのだと思います。

 最後に、クリニックのHPからとった「神経質症・回復のためのチェックリスト」を紹介してくれました。『 1. 神経質についての理解 ~ 6. 神経質の性格を生かす 』まで6項目あり、それぞれに数個から10個の設問があります。当てはまるものにチェックをしていくというものです。これによって、森田理論の理解度、また自分がどれだけ回復しているかを、客観的に評価できるのではないかと思います。

 Bさんが集談会に参加し始めた頃は、会場まで奥さんに送って貰っていたという話を聞いて、Bさんがここまでこれた陰には家族の支えがあったのだなと分かりました。無論Bさん自身も人一倍努力したと思います。またBさんは知識慾が旺盛で、森田だけでなく多方面にわたって勉強をしています。Bさんには、症状を克服して来た体験を、これから来る人に伝えて行って貰いたいと思います。

理論学習

今月は「感情の法則」についてお話しがありました。

〔感情の法則〕
・感情とは喜怒哀楽の様な心の動きです。森田ではこの感情に5つの法則があると言われています。
 (1) 自然のままに放置すれば消失する
   (一時的に興奮しても時間が経てば収まっていく)
 (2) 満足すれば消失する
   (お腹がすいてイライラしていても、食事をして満足すれば気持ちは静まる)
 (3) 慣れると鈍くなる
   (線路の傍に引っ越して、最初は電車の音がうるさくて眠れないが、いつの間にか慣れてしまう)
 (4) 注意を集中すると強くなる
   (人の言葉に腹を立て、ずっとその事を思い続けていると、どんどん気持ちが高ぶって来る)
 (5) 新しい経験によって養成される
   (乗物恐怖の人が思い切って乗ってみる。出来た事を認めれば自信になる。苦しさを問題にするとますます怖    くなる)
 
感情の法則は、森田理論の根幹をなす考えです。これを理解する事により、神経症に陥るからくりが分かってくるのだと思います。

・森田は感情に働きかける治療法です。神経質症は、違和感・不安感など誰にでもある感情を異常だと思い込み、こ れを無くそうとする事から始まります。そしてそれにとらわれて症状が固着してしまうのです。
・森田では感情は自然現象で、意志によってコントロール出来ない物と考えています。従って感情に逆らうのでは無 く、自然な物として受け入れる事により、とらわれから解放されるのです。
・しかしそうはいっても、心の癖として染みついているので、そう簡単には取れません。
・そこで、目の前にある、やらなければならない事に手を出す事から始めます。これは心に向いた目を現実に向ける 為です。神経質症で困るのは、それによって日常生活に支障が出る事です。もし必要な事に手を出してそれが出来 れば問題ないのです。後は心に残る嫌な感じを我慢すれば良い事です。
・そうやって不愉快な感情をそのまま感じながら、必要な行動をとっていけば、感情は自然に流れ去り、行動した事 実だけが残ります。
・固着した感情が流れ、行動した達成感、出来た喜びから自分への信頼感が養成されます。これが症状からの解放の 意味だと思います。

 理論学習の講師のAさんは、長らく対人関係で悩んでいました。会社に入っても同僚が上司と上手く付き合っているのを見て、ビクビクして不安を感じているのは自分だけと思い込み落ち込んで居ました。そんな弱い自分を何とかしたいと、催眠や話し方教室など、治すための努力をしていました。そんな時に森田と出会い、そんなに頑張らなくてもいいんだ、今の自分のままでいいんだと気付いた時、肩の荷が下りた感じがしたそうです。集談会では重要な役職に付き、無くてはならない存在になっています。今は後進に譲り、一時的に役職を離れていますが、その重要さはいささかも変わる事無く、みなに頼られる存在となっています。

 そのAさんがこの『感情の法則』に出会った時、目からうろこが落ちた感じと言っています。それは長い間、症状と格闘して悩んで来たからこそ到達した心境だと思います。悩む事もまた人生においては大事な過程の一つだと思います。人を育てる糧の様なものではないでしょうか。

 森田はただ症状を治すためだけの手段では無く、人間的な成長を目指しているのだと思います。集談会に参加しようと思っている人も、ただ目の前の果実を手に入れようとするのではなく、種をまき、木がしっかりと根を張り、幹が育っていく姿を見る様な、長い目で森田と付き合って貰えればと思います。




◆第519回 平成27年6月28日(日) 参加者12名(男性9名、女性3名)


体験発表

のOさんが発表されました。

身体の不調にとらわれていた体験を発表。その過程で自分の神経質性格に気づき、それを森田を学ぶことによって、克服していった過程をお話されました。現在は、身体の不調にとらわれることなく、マラソン大会などにも積極的に参加し、過去に悩んでいた様子は見えません。

理論学習

立ち止まって自分を観よう~それが空への道」と題して、W支部委員長の講義がありました。

森田の「あるがまま」をいつもと趣向を変えて、仏教の教えと落語によって考えてみようというものです。途中ビデオを織り交ぜながらの講義です。
仏教に「維摩経」という経典がありますが、この教えの中心が「空(くう)」。
この仏教の教えと、落語の「書割盗人(かきわりぬすっと)」の共通点を探りながら、「欲望」にとらわれない生き方を説明。
「空(くう)」になるためには「止観(しかん)」が大事である。「止」は心身を静めること、「観」は自分の状態に気づくことで、自分を客観視することでとらわれない精神を身につけようと説いている。維摩経は日常を生きる教えを説いており、日常生活からの気づきを大事にする森田療法の教えと深くつながっていることを感じました。



◆第518回 平成27年5月24日(日) 参加者14名(男性11名、女性3名)見学者2名 


体験発表

幹事のNさんが発表されました。

小学生時代に悩み始めた。「自分は気が小さい、正確を変えなければ将来立派な人になれないと不安感を感じた」
中学生になり環境が変わったのを機に、無理して大胆に振る舞ったが失敗、落ち込み経験をした。
高校生になり心臓に違和感を感じ、メンタルクリニックを受診し、違和感はなくなったが、気の小ささと自信のなさは変わらなかった。

社会人になり、そう状態とうつ状態が強く表れ、これが原因で転職をした。メンタルクリニックで躁うつ病との診断が出たが正しく服薬しなかったこと、自分自身病気を認めなかったことから、悪化し入院治療をした。
現在は服薬と集談会活動をし、忙しい仕事に追われながらも元気です。とのお話でした。

現在のNさんは病気が悪化したときの様子(強い自信の現れた態度)とずいぶん変わりました。
神経症で悩みの真っ只中にいる方々の気持ちに寄り添う、優しいNさんになられています。。

理論学習

「神経症の性格特徴」をテーマにS支部委員の講義がありました。

森田理論でいう神経質とは、一般にいう神経質な人の神経質とは違い、神経症になる特質をもった神経質的な性格をいう。4つの特徴として①内向性②心配性③執着性④完全欲で、これらには良い面と悪い面がある(両面観)。この他には幼弱性(自己中心的、依存的、観念的)もある。

神経質の人は(4つの特徴を持つ人)が、ある時に違和感を感じ、とらわれ、意識と症状が互いに強め合う(精神交互作用)の結果、神経症になる。

Sさんは、会社で一年間挨拶をし続けるも返してこない人への対応を例にとって、
挨拶はし合うもの(観念的)、挨拶を返さないのはおかしい(違和感、相手が自分を嫌っているのか、他に何かあるのでは)にとらわれ、考えが堂々巡りする(神経交互作用)、そして神経症になる。普通の人なら変わった人には挨拶しなくなる、神経質的性格のため続けたと説明された。
この話には続きがあり、思い切って挨拶を止めたところ、今度はその相手から挨拶されるようになったとか。

私は、相手の態度が自分の思惑と違った時には非常に不安になって、なぜ?と探ろうとしてしまいます。このお話をきいて相手にも都合(体調や考え、悩み事)がある。普通の人はそれを追及し続けない。これからは気を付けたいものだと思いました。


◆第517回 平成27年4月26日(日) 参加者13名(男性7名、女性6名)見学者2名 


体験発表

代表幹事のSさんが発表されました。

中学3年生の時に、先生との間に確執ができ、他人に対して構えるようになりました。20才を過ぎた頃から、どうする事も出来ない手の震え(本態性振戦)にも悩み始めるようになりました。医療関係の職業に就き、患者さんなど人との関わりが大切な世界では対人関係を避けることはできませんでした。

集談会に参加するようになって、13年の月日が過ぎていきました。今までに読んできた森田関係の図書は、50冊以上はあります。ノートにまとめて何度も繰り返し読んできました。また今は亡きS相談役から、“心の癖”だよとアドバイスをもらい、辛抱することの大切さを、身をもって知ることができました。

Sさんの森田療法の好きな言葉は、「笑って青山を望めば山また笑い 泣いて碧水に臨めば水また泣く」です。辛い時でも『顔で笑って心で泣いて』ができるようになるまでには、忍耐力が必要になります。

理論学習

講義はありませんでした。替わりに、三島森田病院HPから第80回体験発表(普通神経質、強迫神経症)を参加者で輪読しました。先生の講話の中で、(症状があって苦しくても)常識的にまたは人並みに行動をしていきなさいと、患者さんへのアドバイスがありました。



◆第516回 平成27年3月22日(日) 参加者13名(男性9名、女性5名)見学者1名 


体験発表

今月の体験発表はありませんでした。

理論学習

副理事長のOさんが「神経症の成り立ち」の講義をされました。

 神経症は、生まれ持った素質(内向性、心配性、執着性、完全欲)に加え、困難な状況(例えば、親族の死、転勤、交通事故、大きな失敗)などがきっかけとなり発症します。もう一つ幼弱性(依存的、観念的、自己中心的)も条件に挙げられます。
 そして症状を形成する心のメカニズムは、一つは思想の矛盾です。“かくあるべし”という思想と“かくある”という事実との矛盾を意味します。例えば、いつも健康でありたいと願っても、100%の健康な状態は長続きしません。もう一つは精神交互作用です。ある感覚に注意を集中すれば、その感覚は鋭敏となり、この鋭くなった感覚がますます注意を固着させます。ただの不安が、肥大化した不安になっていきます。
 神経症からの回復には、思想の矛盾の打破を行っていく事です。①心の事実に従う。②かくあるべしをこわしていく。同じく精神交互作用の打破には、①必要な事に手を出していく。②やりたいことをやる。(小さな欲求でもいいです)

講義は、ベテラン参加者へ基本的な質問をしながら進められました。既に森田的な生活態度が身に付いてはいるものの、基本の語句や理論などは忘れがちと気付かされました。



◆第515回 平成27年2月22日(日) 参加者13名(男性10名、女性3名) 


体験発表

支部委員のIさんの体験発表でした。

思春期の時、授業で本を読むとき声が震えた。屈辱感から捕われた。神経質の素質があったと思う。またその当時には自分の考え方の誤りが分からなかったし気が付かなかった。精神的に弱い自分を変えたい、日常生活では不安を取り除きたかった。話し方教室、内観法、ヨガ、少林寺拳法等々色々やった。学生の時、大学祭で司会をやった。一人で6ヶ月間、外国旅行もできた。自分に自信がついたと思った。しかし、すぐに元の自分自身に戻ってしまった。卒業後、放送局に就職しディレクターをやった。対人恐怖症の人には苦手な職業であると思うし苦手な場面が多くあった。そんな状況から逃げた時もあった。こういう症状さえなければもっと良い仕事ができたと考えた。結局、現実の自分が見つめられなかった。人の前で顔がこわばった。サラリーマン時代は、自分の弱さを知られる恐怖があった。多くの人の前であがってしまって大きな失敗もした。対人恐怖症に罹ると色々な症状が出てくる。誰にも話せず一人で抱え込んでしまった。20年間勤めた放送局を退職し独立した。現在もマスコミ関係の仕事をしている。

ある時、対人恐怖症を見つめてみたいと認知行動療法をやった。しかしそれだけではだめで森田療法が必要だということが解った。

今言えることは、症状を治すことに専念してはいけない。「かくあるべし」に支配されてはいけない。自分で自分を受け入れられなかった事、自己肯定感がなかった事がいけなかったと思う。対人恐怖症では多くの支障があったが、それは日々の出来事でなく自分自身にこだわったためであったと思う。こだわりをなくしたら症状が気にならなくなった。自分の症状は自分の人生の中で大きな出来事ではないと症状に対する自分の考え方が変った。森田療法が身についてきたと思う。

現在Iさんは、このような苦悩の期間があったとは想像できない様子で、名古屋集談会の中心的な存在となっておられます。

理論学習

理論学習はありませんでした。
三島森田病院の第74回体験発表(対人恐怖症)を参加者全員で読みました。


◆第514回 平成27年1月25日(日) 参加者14名(男性10名、女性4名) 


体験発表

アルコール依存症に悩まれた、幹事のKさんから体験発表がありました。

家庭内でのもめごとからの不眠、が発端で、宗教や、健康法の療法などに安心を求め、またその集まりで飲酒の機会(打ち上げ会など、、)が増えていき、気が付くと飲酒量が増え、家事に支障をきたしていた。
友人の進めで、カウンセリング、専門病院など行くようになってから、初めて「依存症」と認識したこと。 治療も行い。 その後森田に出会い、神経質の性格特徴(思い込み、執着心、完全欲、依存性の強さなど)にあてはまる自分に気がつき、学習、実践し、「依存症」の事をよく知り、楽しく過ごすことを覚えられた。

集談会参加が、次の一ヶ月を頑張ろうと、よい習慣になっていったこと。 などの経過を分かりやすくお話され、特に、集談会という「居場所」と「仲間」の重要なことを強調されました。


理論学習

 支部委員のMさんより、「治るとはどういうことか」の講話をいただきました。

「治る」とは、狭い意味では「とらわれ」がなくなり、目的本位に「生の欲望」が発揮できることであるが、 広い意味もあり、その一つに「ひとのため」に行動ができること、つまり、自分 → 家族 → コミュニティ → 自然万物 (小我→大我へ)へと意識が広がっていくもので、神経質者としての成長を伴うことである、との事でした。

ご自身も、不安神経症に悩まれ、出張の際は、新幹線などの乗り物で「目的地での行動」「周りの景色」などには注意が向かず、もっぱら不安にとらわれ、食事も出来なかったそうです。  定年退職後、山登り等の趣味もされているのですが、その際も自分の都合だけでなく、行きたい人などを案内する事や、ネットに写真を載せて見てもらう、また集談会の親睦会に利用する、等 周囲の人のことも考えて行動することで、やる事や、行動範囲が増えてくる、など話されました。  よく「世話人」などをやると、治りが早いと言われるのも、こういった事に関連する為でしょう。

目の前の「症状」に執着してしまいがちですが、「治る」「治らない」などを離れた「成長」ということを考えさせられました。



◆第513回 平成26年12月28日(日) 参加者13名(男性9名、女性4名) 


体験発表

幹事のNさんから体験発表がありました。

1年前、双極性障害(躁うつ病)で入院を経験したNさん。服薬を続け現在は落ち着いた生活をしていますが、
なぜ、そうなったかを子供時代からの成育歴をたどり、お話されました。
 子どものころから母親が「気が小さいものは大した者にならない」と言った言葉が自分に対して向けられている気がして、自分の性格を気にするようになった。その後、自分の気の小ささから逃れようと強がっていたが、高校生の時、ケンカをして負け、自分の弱さを自覚した。その後も、自分の性格を気にして気分の上昇下降を経験してきたが、今回のような強い躁鬱状態は経験してこなかった。そのため、今回そう状態が始まった時、自分では「何かおかしい」とは感じたが、それほどとは思わなかった、と述懐。今後は、病気は病気として治療しながら、森田の考え方を学び、落ち着いた生活を送りたいとお話された。


理論学習

 支部委員のKさんから「森田療法の人間観」についてお話がありました。

人間観とは、森田療法が目指す全体像のことです。神経質の良さを発揮して、自分らしくイキイキと生きてゆくベースとなる考え方のことです。
Kさんは、森田の考え方の中で、一番好きな言葉「不安の裏に欲望がある」を例に、森田療法は「自分らしく生きていく」ための考え方のことであり、この人間観がベースにあって、治療が行われる。これは他の心理療法にはない特徴であると説明し、その人間観は①流れに乗って生きる(すべては流れ、動いており、その流れに乗って生きることが生きるということ) ②事前に服従し、境遇に従順なれ(自分で変えられるものは変え、自分ではどうにもならない者は潔く受け入れる) ③事実唯心(事実を自分の都合の良いように理屈付け安心を得ようとするのは間違い。何ごとも事実を拠り所とすることが大切)④とらわれる心、感じる心(とらわれの心から解放され、自分の感性を育むこと)⑤自覚と気づき(理屈を追うことをやめ、日常のことをきちんとこなしていくこと)、の5つについてそれぞれ分かりやすく説明されました。





◆第512回 平成26年11月23日(日) 参加者13名(男性9名、女性4名) 


体験発表

 支部委員のTさんから本で「神経衰弱と強迫観念の根治法」から「あるがまま」についてレジメを使ってご自身の貴重な体験から講義を受けました。

 強迫観念とは、「自分が何かにつけて、ある感じがまたは考えが起こる。それが自分に不快であり、あるいは自分が考えようとし、しようとすることに対して邪魔になって困るから、なるべくこれを感じないように、思わないようにしようとする。そうするとなおさらにその厭な感じなり考えなりが起こってきて、しつこく自分に付きまとうようになる。」ということである。よってある感じまたは考えに対して、感じまい、考えまいとする反抗心がなければ強迫観念は起きない。

 またTさんは、神経質から来るうつ傾向で悩まれたご経験から 神経質はなくそうとする努力をしないこと。不可能なことを可能としない。相手がどう思うかはどうすることも出来ない。嫌な感情は避けようとしない、それを我慢している方が早く症状から抜け出せる。また、そのようなときは、周りのことに目を向け気が付いたことから手を付けていくとよいということを教わりました。


理論学習

幹事のTさんの体験発表がありました。

 中学生時代から自分の性格が気になり始めた。友人と比べ外交的でないことに劣等感を感じた。精神力を強くしたいと考えて催眠法、自律訓練法をやった。その当時は気分本位で目的本位ではなかった。自分の気分さえよければよかった。社会人になってから会社の中で人と馴染めない。抑うつが出てくるようになった。これさえなければよいと考え、話し方教室、催眠療法等々、色々なことをやったが、何をやってもダメで時々抑うつがでた。

 その頃、生活の発見会を知った。森田を勉強して感情の法則を知った。それは病気ではないこと。どんな感情も悪くないということが分かった。四十代後半の頃、会社の景気がひどく悪くなり転職した。前の会社に比べ対人関係は良くなった。しかし、新会社では自分より年下の人ばかりで、徐々に対人関係の悩みが出てくるようになった。仕事に慣れないこともあって周囲からの評判が悪くなった。とうとう会社に行くのが苦痛に感じるようになり心療内科にも受診した。
 この頃から森田療法を深く勉強するようになった。自身の体験から悟ったものがある。それは、あるがままに生活に徹する。物事には優先順位をつけて行う。不安は関係ない、心の工夫はいらない。症状を治す努力はしないで、生活に徹する努力をすればよい。

 今は症状もほとんどなく精神的に大変楽になった。今から考えてみれば森田療法を実践したことが一番よかったと考えているとのTさんの言葉が印象に残りました。

分科会と感想

 理論学習と体験発表を聞き、人の人生には人それぞれのドラマがあるように思った。それは一つ一つがかけがえのないドラマである。このドラマに直面し苦渋の中からほとばしる言葉は、心の中に残り感動にふるえた。症状で悩んでいる人、苦難を乗り越えようとしている人には生きる力の源泉になったと思う。また、感情にはよい感情も悪い感情もない。人は感情を持った動物である以上、あらゆる感情はどうしようもなく覚えてしまう。色々な感情を感じられることが人間の素晴らしいところなのかもしれない。また、体調に波があるように感情にも波がある。悪いときがあるからこそいい時には感謝ができる。不快な感情を排除するのではなく、いい時と悪い時、この二つの感情のバランスがとれていることが大切なのだということが解りました。
 また、お二人のお話を聞いて、苦悩が大きければ大きいほど、それを乗り越えれば人間が大きくなれること。他人と過去は変えることはできないが、自分と未来はどのようにも変えることができるのだとしみじみ思いました。

 グループ別体験交流では一か月振りの再会の喜びと日常生活の話で時間の経つのも忘れ楽しく話すことができました。

 初めての参加者 男性1名、久しぶりの参加者 男性1名がいらっしゃいました。 次回(12月28日(日)午後1時30分 名古屋西生涯学センター)も是非参加してください。


 


◆第511回 平成26年10月26日(日) 参加者15名(男性11名、女性4名) 


体験発表

Sさんの体験発表がありました。

どうすることも出来ない手の震え、対人恐怖症で長い間苦しんだ。
集談会に通いながら森田療法を勉強していく中で解ってきたことがある。それは、辛抱することの大切さ。不安やストレスは逃げるのでなく立ち向かう。最後にものをいうのは心の持ち方次第。苦しいときは力まずもうひと頑張り。苦しいときほど意識的に明るい夢を心に描いてみせる。どんな時でもどんな所にも道はある、だからどんな過酷な状況でも道がないということはない。
 もう今は、自分の症状で苦しむことはほとんどなくなった。また、神経症が発症した中学三年生のとき国語の教師の執拗ないじめ、その当時、恐怖も伴って相談することも、声に出して助けを求めることができなかった。トラウマになってしまった。そのときの自分の心模様を今ようやく声にして言葉にだして言えるようになった。あまりにも長い年月が経って遅すぎるかもしれない。許されるならば、出来ることならば、その当時の思い出をその先生と語り合ってみたい。

現在は症状を受け止められているSさんは、少年時代の辛い経験が後の症状につながったと分析した上で、これからの人生をどう大切に生きていくかが大切、とのお話に心を動かされました。


理論学習

支部委員のIさんが「行動の原則」の講義をされました。

最初に心臓神経症を経験し、転職をきっかけに、不安神経症に悩みました。心臓の音の ドキドキとか、自分の内面ばかりに目を向けていました。行動の原則を暗記したのも、その頃の出来事です。それから少しずつ行動によって、目が外に向き、物や周りが見えるようになり、五感を使う事も覚えていきました。森田療法は、丸暗記して勉強するものではなく、体験して身につけるものであると自覚をしていきました。行動が主体と云う事で、自分の持ち時間を決めて、日記をつける事、規則正しい生活を送る事もポイントになります。

神経質の人は、自分のやりたい事はどんどんやるけど、やりたくない事や、苦手な事に手が出せない場合が多々あるので、行動の原則を参考にして、行動する機会を増やしていければと思います。





◆第510回  平成26年9月28日(日) 参加者13名(男性9名、女性4名) 


体験発表

幹事のIさんの体験発表がありました。
社会人になり、転職、転勤などのあと、車の運転中に感じた不安、卒倒恐怖がきっかけで、パニック障害で悩まれたことの体験を発表されました。
もとから、強調性があり社交的ではあったものの、人と比較したり、理想主義的で
周囲に認められたい傾向、などが影響していたのでは、と自己分析されておられました。
発見会に入り、集談会には、家族に同乗してもらって通い、出来たことを褒めるようにする事、などを続け、そのうち一人で、来られるようになり、基準型学習会も毎週休まず通い徹したことなど話されました。
逃げてしまう事も受け入れながら、目的本位で進んで行こうと、目標を語られました。  
きっかけから、症状に進む要因、受け入れること、など分かりやすい体験発表でした。


理論学習

支部委員のIさんより、「自助グループの意義・効果」の講話をいただきました。

・自助グループであることで、単に「森田を学ぶ」以外の効果がある。
・弱さの情報公開の場であり、また、それを受け止めてもらえる。
・自分だけではない、分かち合いの相互効果。
・援助する側の経験が、さまざまな「気づき」「自尊心」「自信」につながる。
・体験の知識(単なる知識でなく、、)は、悩む人にとって実用的で貴重なもの。
・先輩をモデル(お手本)に出来る。 初心者を見て、気づくことも出来る。

など、普段行っている集談会活動が、重要で、得がたい機会であることを、あらためて認識できました。 
今回のように、まとめられることで、活動のそれぞれに大きな効果がある事が、はっきりとし、とても励みになりました。


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