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NPO法人 生活の発見会

前回の集談会

New 令和元年8月25日(日)参加者14名(男性11名、女3名)、見学者1名


理論学習  

「回復」をめぐる困難にどう向き合うか、をテーマに名古屋市内の集談会に所属されるAさんからお話がありました。

 森田療法では不安や葛藤を除去することなく、症状は「あるがまま」に受容し目的本位に生きる、結果その不安や葛藤とうまく折り合えるようになると言われます。不安や葛藤は除去できなくても回復することはできます。
しかし、症状を「あるがまま」に受容する困難さは皆が知るところで、集談会の存在はこの困難さにどう向き合うべきかにあります。

 学者A.フランクは病をめぐる自己物語を3つの言葉で表しています。
1 回復の語り…医療の力により回復し、 病む前の状態に戻る状態
2 混沌の語り…元の状態に戻れない病にかかり、人生の目的や導く海図を失った状態
3 探求の語り…病を契機に自分の生き方を見直し、人生の目的や導く海図を再構築する、また病を契機ととらえ新たな自己を立ち上げる状態

 集談会は、この「回復の語り」と別の形で、病(症状)との対処を可能にする役割をもっています。例えば、元にように戻れなくても、症状の苦しみはあっても生きていける、とか症状のおかげで新たな自分と出会えた、といったものです。しかし「回復の語り」を望む、やっぱり元に戻りたいと思う気持ちはなくならないと思います。集談会は、①「回復の語り」と決別する、つまり「あるがまま」を受け入れる、のを目的としつつも、②実際になかなか決別できない、「あるがまま」になれないことについて、参加者同士の弱さを認め合う存在が望ましい。そのサポートをどうしていくのかが課題です。

 集談会に参加し森田理論を学んでいくうちに「あるがまま」を受け入れる事の大切さはわかってきます。同時に「とはいっても症状さえなくなればなあ」という気持ちも捨てられていない自分がいます。
「この100万円の薬をのめば、症状は一切なくなります!、といわれたら私は買うかもしれません」と話された講師の発言に、「自分もです!!」と共感していました。弱い自分を出せる集談会は大切なもの感じました。





●分科会●
 2,3度目の参加者、居場所が欲しくなったと久しぶりの参加者、職場の悩みを相談したい参加者、そして大ベテランの人とで、どのグループも賑やかで質の高い分科会であったと思います。

●お知らせ●
次回は9月22日(日)13時30分から名古屋西生涯学習センターで行います。
途中からの参加もできます。 参加をお待ちしています。







  

 


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